届けられたのは「死んだ彼氏の脳」。共に過ごせる日々に喜んでいたけれど…愛と倫理の狭間に生まれる葛藤を臆せず描く【書評】

マンガ

公開日:2025/4/21

 生きていると、どうにもならない出来事に直面することはままあるものだ。愛する人を亡くしたとき。病気や事故、災害など、自分の力ではどうしようもない現実。夢をあきらめざるを得なかった瞬間。誰しもが「もし、あのときこうしていれば」と悔やむ経験を持っているだろう。

死んだ彼氏の脳味噌の話』(Ququ/KADOKAWA)は、人が「こうであったら」と願う気持ちにまつわる悲しみや切なさ、そして希望をやさしいタッチで描き出す、ちょっぴり不思議な雰囲気のオムニバスストーリー。各物語の主人公がそれぞれ抱える、理屈では割り切れない切実な思いが共感を呼び、SNSで大反響を呼んだ。

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 表題作である「死んだ彼氏の脳味噌の話」では、技術の発展により亡くなった人の意識を再現することが可能になった世界が描かれる。

 主人公・マリコは、事故で命を落とした恋人の死を悼む女性。ある日、彼女のもとへ医療ベンチャー企業「ブレブレブレイン」の社員と名乗る謎の男が訪れる。彼は、マリコの恋人の「脳味噌」を届けにきたと告げる。

 半信半疑のマリコだったが、話しかけるたびに応えてくれる“彼”と過ごす日々は、彼女の心の傷を少しずつ癒していく。しかし、人の感情はそう簡単に割り切れるものではない。しだいにマリコは、愛情と倫理の狭間で葛藤していくことになるのだが――。

 本作の見どころは、人の感情の矛盾や、誰かを愛し続けることの難しさ、尊さが、エピソードの一つひとつを通じてきわめて繊細に掘り下げられている点だ。誰かを愛する経験は素晴らしいものだが、時には身を切られるような鋭い痛みを伴うこともある。それでも愛情を貫こうとする登場人物たちの不安や葛藤、傷つきながらもなお前に進もうとする姿勢が、読み手の胸に生々しく迫る。

 本作には、著者がこれまでWeb上に掲載した作品に加え、描き下ろし短編2作も収録されている。心の奥底に眠る未解決の感情や割り切れない過去に悩む人には、ぜひ読んでほしい作品だ。

文=ネゴト / 糸野旬

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