元・売れないアイドルの31歳が、同人グラビアで人生にリベンジ!愛すべきろくでなしたちの物語『平成敗残兵すみれちゃん』【書評】
公開日:2025/4/28

一握りの人間を除き、夢とは潰えるものだ。ネガティブな言い方だが、逆にひとつの夢がうまくいかなかったら、サクッと新しい夢を見ればいい。人生は長いのだ。
「どう生きるか」なんて深いことを言いたいわけではないので安心してほしい。本稿は、一度は夢破れた人間たちがそれなりに戦うマンガを紹介したい。それが『平成敗残兵すみれちゃん』(里見U/講談社)である。
主人公は、平成時代に売れなかった元アイドルのすみれちゃん。三十路になっても美人でグラビア番長だったスタイルは維持している。基本“おもしれー女”だが、ありていに言って“ダメ人間”だ。そんな彼女が三歩進んで二歩下がって、ゆるく再生していく物語。色々厳しい令和の時代、必死に生きる私たち全員に刺さる、と言いたいところだが、そこまでシリアスに読むマンガでもないので肩の力を抜いて楽しんでほしい。
なお“エロ”が売りではないが正直に言って上品ではない、ということだけは最初に書いておく。苦手な方は注意してもらいたい。
■平成敗残兵、されどヒーロー? 31歳の元アイドルが同人グラビアで再起を図る
アイドルグループでグラビア番長だった女、東条すみれ。だが成功を掴むことはできずグループは解散。31歳となった今は、昼間はタバコを吸って酒を飲み、時にはパチンコ屋に並ぶ日々。仕事は夜にスナックでアルバイト、という生活を送っていた。
そんな彼女のいとこで高校生の泉雄星は言う「金が欲しい、だから、すみれちゃんを同人アイドルにして写真集を作りたい」。同人アイドルとは、専門のイベントで自主制作写真集を手売りしたり、委託販売や電子書籍にして売ったりするものだ。芸能事務所や企業を通さないため丸儲けできるという。
「俺と同人アイドルの頂点を目指そう」「すみれちゃんよりいい同人アイドルはいない」「天下とれるよ」などと真剣な顔で訴える雄星。夢破れたアイドル時代を思い出し、一切やる気はないすみれ。だが、とりあえず用意されたコスチュームに着替え、安アパートでスマホによる撮影を行う。かくして、高校生プロデューサーと平成アイドルの敗残兵によるリベンジが始まった。
展開は予想以上にアツい。自宅アパートでの初撮影を終えた時、すみれは雄星の褒め言葉にまんざらでもなくなっていた。まあまあチョロい……。彼女は鏡に映るコスプレした自分を肯定はできないし、新たな野望をもてるわけでもない。それでもすみれは前へ進み始める。
一方彼女の背中を押す雄星は、アイドルとして輝いていたすみれに「夢はあきらめちゃダメだ」と言われたことを思い出す。彼にとっては、すみれは今も昔もヒーローなのだ。令和の今、遂に自分の夢に向かって歩み出した雄星は、平成の世では憧れの対象だったすみれが張った伏線を回収しようとするのである。
まずは第9話(単行本2巻)までを読むことをオススメしたい。思ったよりアツく、エモい物語なのだと実感してもらえると思う。
■愛すべきろくでなしたち。最終兵器、すしカルマ登場
読み始めたあなたは、すみれのビジュを見れば「まだまだイケそう」と思うだろう。だが、やっぱりダメ人間なのだ。
タバコはやめられないし酒に酔うし、ギャンブルも好きで万年金欠、だがそれは“おもしれー女”の範疇である。何がダメなのか。詳しくは前述した、盛り上がる9話のすぐ後、11話の衝撃展開で描かれる。「お前……!」と思わず単行本を地面に叩きつけたくなる皆さんの姿が頭に浮かぶ。だが、憎み切れないろくでなしというか、このダメさも魅力なのだ。友達なら楽しそうだ。ただ、お金は貸したくないが。
本作には、クセが強いのに愛される不思議なキャラクターが他にも登場する。なかでも、すみれ以上に強烈なのがすみれと同じアイドルグループにいた颯子である。成年向けの漫画を描く同人作家“すしカルマ”となっている彼女だが、けして売れてはいない。アイドルとしても漫画家としても求められない颯子は、ただただ世界にコンプレックスとオタク構文の投稿をSNSに噴出する“痛い”大人になっていた。この辺りの描写は、マンガ同人誌界隈の空気を含めて異常に解像度が高く笑ってしまう。
雄星は、彼女とすみれを組ませようと考える。33歳の颯子も破壊力抜群のスタイルをもち、性格はすみれ以上にチョロかった。ただ、こっちの“おもしれー女”も、若かった頃「負けた」記憶は今も痛む古傷であり、同人アイドルの誘いを一度は固辞する。
だが、すみれはこう言って笑うのだ。
アイドル辞めた後
落ち込んだりヤケんなってる間にも私は歳食ってくし平成じゃなくなってるし
イトコのガキは高校生になったりしててさ
当たり前に人生って続いてたんだよね
「一度負けたらハイオシマイ」――なんて
そんなにクソゲーじゃねえよ人生はさっ
なお、最新の第5巻では、このすしカルマがすみれとリアル脱衣麻雀を打ったり同居をしたり、ますますカオスな盛り上がりをみせていくので楽しみにしてほしい。
今の時代に、しぶとく生き残れる人間はヒーローになれる。平成敗残兵の彼女たちが、それを教えてくれるだろう。
文=古林恭