雑用係として皿を洗い続ける青年、彼には類稀なる才能が…!? 気弱な青年が料理人として花開く、お仕事成長マンガ『Artiste(アルティスト)』【書評】

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更新日:2025/5/1

「天才」と言えば聞こえはいいが、突き抜けた才能は、ときにその人自身を傷つけることもあるのかもしれない。さもえど太郎氏が描く『Artiste(アルティスト)』(新潮社)を読みながら思った。そこには、才能に恵まれながらも、少し不器用な芸術家たちが数多く登場する。

 パリのとあるレストランの皿洗いとして働く気弱な青年ジルベールは、元々は有名な高級レストランで働いていた。しかし、転職した今のレストランで、とある誤解から料理長とトラブルを起こし、皿洗いに降格。彼に落ち度はなかったが、彼はそれを受け入れていた。そんな彼のもとに、雑用係で新入りのマルコがやってくる。マイペースで遠慮がなく、ジルベールとは正反対の性格。そんなマルコは、一緒に働くうちに、ジルベールの類稀なる才能に気づく。

 ジルベールは、味覚と嗅覚がずば抜けて秀でていた。例えば、何も聞かずともマルコの体臭で「家でよく肉を食べている」ことがわかる。街中で落としたハンカチの匂いで、その持ち主がどこのパティスリーで働いているかがわかる。部屋の匂いを嗅いだだけで、見なくても猫が2匹住んでいることがわかる。

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 それは、料理人として素晴らしい才能だ。しかし、彼の才能はあまりに人間離れしているから、周りからは気持ち悪がられた。ときには同じ仕事をする人たちからも疎ましがられたり、怒りを買ったりした。彼は料理に関しては間違いなく天才肌の人間だが、コミュニケーション能力は著しく低く、結果としてその才能を発揮することもなく皿洗いを続けていたのだった。

 しかし、ジルベールの人生はマルコを通じて新たなレストランに引き抜かれたことで、少しずつ変化していく。そのレストランにはまた、同じように才能豊かで、少し生きづらそうな人たちが多く……彼らと過ごす日々の中で、ジルベールはゆっくりと成長をしていく。

 また、転職を機に彼は引っ越しをするのだが、そこはオーナーの強いこだわりから「一芸」を持つ人たちしか入居できないアパートメントだった。画家やヴァイオリニスト、漫画家など、さまざまな分野の芸術家たちが暮らしている。そして、そんな彼らに刺激を受けながら、ジルベールはまた料理人としても人間としても成長していく。

 才能に溢れた芸術家たちの、ちょっと不器用で、ちょっとお気楽で、人間臭い姿がこの作品には描かれている。それと同時に、マルコのような、職を転々としながらマイペースに歩む人生もまた魅力的に感じられるのが良いところだ。

 やりたいことが明確で才能に溢れているジルベールに「そ〜いう人ってどこだって行けるし 何度だってやり直せる」とマルコは言う。それに対して、ジルベールは「僕からすれば君のほうが…どこへだって行けるように見えるのにな」と答えるシーンが良い。

 マルコはジルベールの理解者でもあり、ジルベールに気づかされることも多い。そして、彼ら2人はこれ以上ない最高の友達だ。尊敬とか理解とか、ちょっとした関心で、天才とそうではない人々の間にある隔たりは一気に縮まったりする。『Artiste(アルティスト)』は、登場する多くの天才たちに魅了されながら、それでいて自分の平凡な人生も愛おしく感じられる、そんな不思議な力を持った作品だ。

文=園田もなか

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