君は俺にベタ惚れだった。記憶喪失を装った令嬢と不器用すぎる婚約者の嘘から始まる恋【書評】
公開日:2025/5/23

『婚約破棄を狙って記憶喪失のフリをしたら、素っ気ない態度だった婚約者が「記憶を失う前の君は、俺にベタ惚れだった」という、とんでもない嘘をつき始めた』(琴子・雨壱絵穹:原作、よね:作画/KADOKAWA)は、“記憶喪失のフリ”から始まる、すれ違いだらけの溺愛ラブコメディ。
子爵家令嬢のヴィオラの婚約者は、公爵家の嫡男・フィリップ。端正な顔立ちと冷静沈着な態度から“氷の貴公子”と呼ばれる彼に対し、ヴィオラは自信を持てず、婚約期間中も会話はぎこちない。ふたりの間にはいつも気まずい空気が流れていた。そんな閉塞感のある関係に終止符を打つべく、彼女は「記憶を失った」と嘘をつくという一世一代の賭けに出る。
ところが、その嘘に対して、フィリップは思いもよらぬ対応をしてくるのだった。「君は以前、俺にベタ惚れだった」と、“過去”を捏造し始めたのだ。「顔を見るだけで幸せだと言っていた」「嫉妬心が強かった」「二人きりのときは“フィル”と呼んでくれていた」など、彼の理想をなぞるような、甘くて愛おしい“妄想エピソード”の数々。冷静沈着に見えていたフィリップの、まさかの「脳内フィルター全開」な愛情表現が、物語に独特のユーモアと愛らしさを添えている。
婚約を解消したい一心で、フィリップが苦手そうなタイプを必死で演じるヴィオラだが、その努力が裏目に出てなぜか彼のツボを刺激してしまうのが面白い。
感情をあまり表に出さない不器用なフィリップだが、ヴィオラへのまっすぐ想いがふとした瞬間にこぼれ出てくる。不器用ながらも彼女を大切にしようとする姿には、思わず心を掴まれるだろう。
最初はすれ違いばかりだったふたりの関係が、ゆっくりと、しかし確かに近づいていく。嘘から始まったこの恋がどんな結末を迎えるのか、最後まで目が離せない一冊だ。