日常のスリル/絶望ライン工 独身獄中記㊺

暮らし

公開日:2025/5/28

40年生きていると厭きてくる。
これはもう仕方がない。毎日鮮烈な出会いと事件の連続で、スリリングな日々を過ごせたらどんなにいいかと考えるが、それはフィクションの世界の出来事だ。
フィクションの中でさえ、例えばコナンくんのご学友は人の生死に鈍感になっているだろう。
カカロットに至っては「死んだらドラゴンボールで生き返らせたらいい」などと述べる始末だ。
慣れは怖い。いつしか厭きに変わるからだ。

いつもの電車に乗っていつもの職場で手慣れた仕事をする。
だいたい同じようなものを食べ、酒を飲み、一晩寝たらあっという間に朝になる。
その繰り返しが寿命まで続くと考えるとゾっとする。

私は趣味で動画投稿をしているが、これも4年やるとさすがに慣れる。
動画の内容に慣れるのではなく、仕事をしながら撮影と編集を投稿日に向けて同時進行させるルーティーンに慣れてくる。
この日までにコレ、この日までにここまで終わらせて、週末まとめてサムネまで作って…と脳内制作マネージャーがあれこれと段取り、取り仕切る。
以前は違った。
面白そうなことを思いつくと、その日のうちにさっそく始めて夢中で没頭していた。
夜中突然チャーシューを煮込みだしたり、コンビニを何件もハシゴしておにぎりを探したり。
友人を呼び出し、深夜まで首都高で撮影して、寝不足のまま仕事へ行った事もあったな。

今無理は出来ない。
せっかく慣れてきたペースを乱さず、地味に長く続けるスタイルが性分に合っている。
以前は楽しいイベントもあった。
麗しき女性工員との楽曲コラボや、友人とのベルギー情熱紀行。
どちらも最高の体験だった。
今とどちらが楽しいか?それは難しい質問であるが、最近だとベトナム一人旅が楽しかったです。

そんなだから、毎週の動画投稿にスリルや非日常を求めるのは諦めた。
そもそもありのままの日常を主題としているのだから、そこから逸脱するなど笑止千万、一瞬千撃。
じゃあどこにスリルを見出すかと言えば、それはやっぱり日常なんです。

日常の中に非日常を見つけるのは容易ではなく、例えば週末にテクノのパーティーに行くなんていうのは過去やりすぎて特別な感じがしない。
クラブに行って飲んで騒ぐのは馴染みのラーメン屋で誰も頼まないカレーライスを注文するくらいのスリルしかない。(結構スリルあるかも)

それよりスリリングなのは、最近であれば台風中継を見ながら家で食べるコロッケ。
これは刺激的だった。家が停電するかもしれない戦慄の恐怖に身震いする。
ダメそうなワードをネットで検索するのも楽しい。
最近だと「匕首 銃刀法」「匕首 通販」など危険な検索をしてスリルを味わう。
時代小説で主人公が差す日本刀より、小悪党が懐に隠し持つ匕首に憧れる。
武器を持つなら匕首だな、ヌンチャクやトンファー、鎖鎌もいいが狡猾さに欠く。
もっとも身近なスリルは、仕事帰りに缶ビールを飲んでデタラメに歩くこと。
割と無茶な距離を歩き、隣駅の牛丼店に駆け込んで飯を食う。
これが本当に楽しくて、競艇や競馬で小銭を張るより心がヒリつくから不思議だ。

しかしながら上記のどれよりもスリルあるコンテンツは結局マッチングアプリです。
マッチングした相手と初めて恵比寿で待ち合わせしたあの時の緊張、興奮、スリル。
駅のトイレで何度も髪型を整え、何を話すのか事前に想定し、店までの経路はもちろん注文内容まで綿密に計略する。
写真との差異をダメージコントロールできるよう視認時に対ショック防御姿勢を取ることも忘れない。
複雑で速くて情報量の多い全身が痺れるようなあの感覚ったらもうやみつき。
事情により退会済のため、もう手軽に味わえないのが実に惜しい。
素敵な出会いと危険なスリル両方を手に入れられるマッチングアプリは、日常に寄り添う素晴らしい非日常です。

そんな非日常のスリルを味わうために男性は月額4,000円を支払うが、女性はなんと無料で使うことができます。
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私は見つけることができませんでした

<第46回に続く>

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絶望ライン工(ぜつぼうらいんこう)
42歳独身男性。工場勤務をしながら日々の有様を配信する。柴犬と暮らす。