高橋一生「同じ表現者として、岸辺露伴の自信を見習いたい」『懺悔室』を通じて見えた露伴の新たな一面【『岸辺露伴は動かない 懺悔室』インタビュー】

ダ・ヴィンチ 今月号のコンテンツから

公開日:2025/6/5

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年6月号からの転載です。

Studio Interview 高橋一生

 荒木飛呂彦さんのマンガ『ジョジョの奇妙な冒険』から派生した『岸辺露伴は動かない』。2020年のドラマからスタートした実写化は、原作の世界観を見事なまでに描き出し、コアなファンをも唸らせている。そのシリーズ映画最新作『岸辺露伴は動かない 懺悔室』が5月23日より公開。『岸辺露伴』の原点とも言える本作にいかに挑んだのか。主演を務める高橋一生さんに作品に込めた思いをうかがった。

取材・文=倉田モトキ、写真=森山将人 

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©2025『岸辺露伴は動かない 懺悔室』製作委員会 ©LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社

映画『岸辺露伴は動かない 懺悔室』
原作:荒木飛呂彦(「岸辺露伴は動かない 懺悔室」集英社ジャンプ コミックス刊) 
監督:渡辺一貴 脚本:小林靖子 
出演:高橋一生、飯豊まりえ、玉城ティナ、戸次重幸、大東駿介、井浦 新ほか
配給:アスミック・エース 5月23日(金)ロードショー

取材でヴェネツィアを訪れていた岸辺露伴は、教会の告解室で「呪いをかけられた」という男から懺悔を聞く。それは、誤って浮浪者を殺したことで、幸福の絶頂のときに絶望を味わうというものだった。奇妙な告白に興味を抱いた露伴は“ヘブンズ・ドアー”の能力を使い、男の記憶や体験を読み込んでしまう。やがて、露伴自身も“幸福に襲われる”呪いにかけられていることに気づくのだが……。
(c)2025『岸辺露伴は動かない 懺悔室』製作委員会
(c)LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社

『懺悔室』の映画化は実写版の露伴の世界が確立できてきたことの証左だと思います

©2025『岸辺露伴は動かない 懺悔室』製作委員会 ©LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社

 「ダ・ヴィンチ 2025年6月号」の表紙で高橋さんが持っているのは『ニコラ・ド・スタールの手紙』。この本のタイトルを見て、ハッと気づいた読者も多いだろう。そう、スタールとは岸辺露伴が愛してやまない画家だ。

「以前からスタールの画が大好きだったんです。それもあって、『岸辺露伴は動かない』の原作の中で露伴がスタールについて言及するシーンが出てきたときは、とても感動したのを覚えています」

 フランスを拠点とし、1940年代に活躍したスタール。マンガの原作に登場するのは「六壁坂」のエピソードだ。無一文になった露伴が、唯一手放さなかったモノとして彼の画集を手にしている。

「この『ニコラ・ド・スタールの手紙』はタイトル通り、スタールが家族や友人、芸術家仲間に宛てた手紙をまとめたものなんです。画家として一人で思い悩んでいる様子に彼の人となりが感じられ、恐れ多くも、“人ってみんな同じなんだな”と強く思いました。どれだけ偉大な画家であっても知らない人にとっては存在しないのと同じですし、反対に、知っている人間からすれば神格化される存在にもなりうる。この本を通して、そんな人間の業であったり、さまざまな感情が湧いてきたんです」

 そうした高橋さんの強い想いが引き寄せたのか、これまで高橋さんはたびたびスタールの“痕跡”と邂逅することがあったという。

「以前ニースに行ったとき、ふらっと散歩をしていたら、そこが偶然、スタールが最期に身を投げた場所だったんです。そのことにあとで気づき、もっとしっかり風景を見ておけばよかったと後悔しました。また、美術館を訪れた際も、たまたまスタールの画がかけられていたことがありました。それは鉛筆で描かれた後ろを向いた女性の画で、画集では一度も見たことがないものだったのでとても興奮しました。スタールは、抽象から迫ってくるリアリティのようなものに対し、簡略化させながらも、観る者の記憶を呼び起こすような作品を残している。そこが好きなんです」

 この言葉を聞き、「六壁坂」の台詞を思い出す。露伴はスタールを〈抽象画でありながら 同時に風景画でもあって そのギリギリのせめぎ合いをテーマに描いている(中略)つまり「絵画」で心の究極に挑戦しているんだ〉と評している。

「僕が言うのもおこがましいのですが、さすが露伴ですよね(笑)。まさにです。あれだけ人の琴線に触れられる抽象画を描ける人はなかなかいないと思います。僕がスタールを知ったのは30歳になったぐらいの頃でした。ネットの記事で偶然、彼の画を見て惹きつけられて。しかも、ちょうど同じ頃、年上の友人の家にお邪魔したときに、そこにスタールの画が飾ってあったんです。スタールはひたすらニースの港町の風景を描き続けていて、年代によって、その都度、色合いが変化していく。画のインパクトや描写の変遷の面白さはもちろんのこと、“どうして同じモチーフの画を描き続けるんだろう”と興味が湧いたんです。でもまさか、そのスタールの画を愛していた露伴を、こうして僕が実写で演じることになるとは……。ドラマの出演のお話をいただいたときは、運命めいたものを感じました」

本作で描いているのは幸福という曖昧な定義

©2025『岸辺露伴は動かない 懺悔室』製作委員会 ©LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社

 荒木飛呂彦さんが生み出したマンガ『岸辺露伴は動かない』は2020年に高橋さんの主演でドラマとなり、その後シリーズ化。23年には劇場版『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』が公開され、『懺悔室』は映画最新作となる。高橋さんは映画公式サイトに、「ここにきて、ようやく原作の原点に手が届きました」とのコメントを残している。

「この『懺悔室』はドラマが始まった当初から『いつやるか』という話が出ていたんです。ただ、原作はとても短いエピソードで、物語を膨らまさない限り難しいということもわかっていました。同時に、膨らませるにしても、自分たちの中で実写の『岸辺露伴』の世界をある程度確立できたという感覚が見出せない限りやってはいけないという意識も共通認識として持っていたんです。だからこそ、映画化の話が出たときは、ついに機が熟したんだと嬉しく思いました。原作に新たな物語を加えても、そこに説得力を持たせられるほど実写の世界観が強固になってきた証左でもありますから」

 脚本を読み、「まさしく『岸辺露伴は動かない』というタイトル通りだと感じました」と高橋さん。

「シリーズを通して脚本を書かれている小林靖子さんの力を、改めて痛感しました。前回の『ルーヴル』は露伴のルーツの核心に自ら迫っていくお話でした。でも元来、露伴って自分から動くということをあまりしないんです。知らないうちに導火線を体に付けられていて、その導火線をたどって火を消しにいくことが多い(笑)。今作は完全に事件に巻き込まれていますし、動かない露伴が、自分に降りかかってくる火の粉を払っていくような展開になっています」

©2025『岸辺露伴は動かない 懺悔室』製作委員会 ©LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社

 物語の舞台はヴェネツィア。取材でこの地を訪れた露伴は、教会の懺悔室に無断で立ち入ったところ、神父と間違われ、そのまま見知らぬ男の告白を聞くことになる。それは、25年前に犯した過ちをきっかけに、男が幸せの絶頂の瞬間に絶望に襲われる呪いをかけられているというものだった。

「その後、露伴も同じ呪いにかかってしまう。露伴という人間は自身のマンガにリアリティを持たせるため、どんなことでも身を以て経験する。今回に関しては、神父になりすますという神への冒涜に対する完全なる罰ですよね(笑)。ただ、その呪いに立ち向かっていく中で、彼にとっての幸と不幸とは何かが描かれていく。そこは見ていてとても面白いと思います」

 呪いをかけられた者は多大な幸福に襲われ、その幸福が最高潮に達すると、同時に絶望がやってくる――。このアイロニカルな設定は荒木作品の真骨頂とも言える。

「“幸福”の曖昧さを見事に描いていると感じます。たとえば、もしこの世に“幸福”という言葉がなかったら、人はそれをどう表現するのか。ある人にとっては“平穏”かもしれないし、別の人にとっては“刺激”かもしれない。僕たちは言葉としての“幸福”を何の躊躇もなく当たり前のように使っていますが、その実態は定義のないもので。そこをテーマにしているところが飛呂彦先生のすごさであり、物語を通して、いち読者として考えさせられるところです」

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