『凪のお暇』完結記念!コナリミサトインタビュー “お暇”を経て得たものとは――?
PR 公開日:2025/6/16
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年7月号からの転載です。

累計発行部数500万部を突破したコナリミサトのブレイク作で、2019年にはテレビドラマ化され話題となった『凪のお暇』。足掛け9年にわたって続いた連載がこの春終了し、コミックス最終12巻が2025年6月16日にいよいよ刊行される。28歳で手にした“お暇”の期間を経て、凪はこれからの人生についてどんな決断を下したのか? 「これ以外ない」最終回に辿り着くまでの道のりを伺った。

「岩本ナオさんの『町でうわさの天狗の子』という大大大好きなマンガが、12巻で終わっているんです。憧れのマンガ家さんの大好きなマンガと同じ巻で絶対に終わらせたいと勝手に心に決めていて、だから今回、最終巻がかなり分厚いんです(笑)」
空気を読みすぎる性格が災いして、会社の同僚からは仕事を押し付けられ、友達といる時も自分を出せず「なんだかなぁ」な毎日を送ってきた、大島凪。営業部のエースとして知られる恋人・我聞慎二との結婚が大逆転のカードだと信じていたが、「結婚? ないない」という彼の一言を社内で耳にして、過呼吸で倒れてしまう。会社を辞め都心のマンションから引っ越した先は、郊外の6畳一間のオンボロアパートだ。28歳、無職。がっつり不安はあるが、趣味の節約を満喫するには最高の環境だ。「しばしお暇いただきます」──。

『凪のお暇』の第1話は、『エレガンスイブ』2016年8月号に掲載された。最終回が掲載されたのは、同誌2025年4月号。こんなに長い連載になる予定はなかったという。
「そんなつもりは全くありませんでした(笑)。もともとは、こうすると水道代がちょっと抑えられるよとか、こういうレシピだと安上がりで満足感があるよとか、小さなライフハックを毎回取り上げる、節約ネタのショートマンガのつもりで始めたんです。節約ネタを入れ込むためだけに作った設定でした」

ところが描き進めていくと、凪が自由に動き出した。アパートの隣人であるゴンに恋をして、しかも思いのほかのめり込んでいった。凪のことが今でも大好きな(けれどその気持ちを凪には一切見せない)元カレの慎二も絡んできて、状況はどんどん大変なことに。ただ、三角関係をストーリーのメインに据えるつもりはなかった。恋愛という当人の価値観を揺さぶる重大事を含む、凪の人生を描くマンガである、という思いはブレなかった。
「“この年代の女性が陥る沼ってどんなものだろう?”と考えるうちに、凪がどんどんドツボにハマっていきました(苦笑)。全く違うパターンを考えたこともあるにはあったんです。節約ネタのショートマンガとして続けていくなら、凪をあんまり悩ませないほうがいいんじゃないかなと思って、2話目か3話目で凪が達観するという展開を考えたんですね。打ち合わせでその話を初代の担当さんにしたら、『凪はまだ達観しないでほしいです』と言ってもらったんです。そこで達観していたら、いっても3巻くらいで終わっていたと思います」
凪が達観しなくて良かった。
「本当にそう思います(笑)。そこで凪が達観しなかったから、こんなに長く描くことができた。細かいところでうじうじ悩んでいつまでも達観できない凪と一緒に、私も人生のいろいろなことを考えることができたんです」

光の部分があるからまっくろになる怖さが
作中で凪が抱くさまざまな悩みや疑問、衝撃は、マンガ家自身とリンクしている。
デビューは04年だった。かつて岡崎京子や安野モヨコらも描いていたファッション雑誌『CUTiE』で『ヘチマミルク』を連載し、全3巻でコミックス化。同作は恋愛ストーリーとして評価は得たものの、マンガ家としてブレイクするには至らなかった。その後はショート作品や4コママンガが続き、長編ストーリーものを描くチャンスはなかなか訪れなかった。そして──。
「同年代で同じくらいにデビューした人たちがどんどん売れていってめちゃくちゃ焦ったタイミングが、凪と同じ28歳の時にきたんです。思い描いていた自分にはなれないのかも……と荒れに荒れて、触れるものすべてを傷つけるジャックナイフのような日々の始まりです(笑)。そのナイフで、自分を傷つけていたんですよね。私が私を一番傷つけることができる。自分を一番エグる言葉を知っているのは、自分なんです」
自分という厄介な存在こそが、自分にとって最強の敵。『凪のお暇』の前半部は、マンガ家自身の実人生での感覚が強く反映されたものだったのだ。
そんななかで『凪のお暇』の連載が始まり、コミックス1巻が発売されたのは17年6月のことだった。のちの大ブレイクからは考えられないことだが、1巻は当初売れなかったという。
「1巻の売り上げが悪すぎるので、2巻は紙で出せないかもしれない、電子だけになるかもと編集さんに言われました。その時に、もう私はマンガを描くのをやめるかもなぁと人生で初めて思った記憶があります。でも、1巻が発売してしばらく経ってから、電子書籍の試し読みをきっかけにちょっと人気が出たんです。なんとか首が繋がって、長く続けられるというか、自分の思う通りに描かせてもらえることになりました」
『凪のお暇』には人生のヒントとなるようなエピソードが幾つも登場する。その一つは、今まで選んだことのない道を選ぶことが“突破口”になる、という発想だ。この作品の連載を始めた時、同じような発想があったのだろうか? 何か大きくやり方を変えた部分はあったのか。
「1巻の当初のノリは、それまで描いてきた作品と一緒だったと思います。ただ、目の描き方を『珈琲いかがでしょう』(2014年~15年)という作品から変えて、棒の目にしているんですね。それが自分では気に入っていたんですが、『凪』の担当さんから『コナリさんの描く目は怖い』と言われたんです。『光を入れませんか?』と。それで、棒に玉をくっつけた目にしたんです」
マンガというジャンルにおいて、目の表現は最も大事だと言われる。『凪のお暇』の登場人物たちの、ろうそくの火のような目はそのようにして生まれたのだ。
「最初はイヤだったんですよ。人から『あなたのここを変えて』と言われて変えるのって、ちょっと抵抗があるじゃないですか。でも、いざ入れてみたら、“あっ、こっちのほうが圧倒的にかわいいな”って(笑)。今はもうすっかり、玉がないとヘンだなと思うようになっています」
目に玉が入ったことで、キャラクターたちがかわいくなっただけではなく、闇の部分も演出できるようになったと言う。
「縦線だけだと、目がまっくろになった時に『いや、普段のほうが怖いよ!』と思われたかも(笑)。普段は目に光の部分があるから、目がまっくろに塗り潰された時の怖さや闇堕ち感が出せるんです」
どういうことに気づけば楽しく生きていけるんだろう
目がまっくろになるのは、凪だけではない。本作の大きな特徴の一つは、主人公の凪だけではなく、ゴンや慎二の内面にもカメラを向けていることだ。本作は、凪の人生だけでなく、それぞれの人生とその悩みを描くマンガでもある。

「4巻あたりから、連載も長く続けられそうだし、せっかくだから各々のパーソナルな部分を掘っていきましょうかというモードになっていった気がします。そうしたら、みんな目がまっくろになるようなシーンが出てきてしまいました(苦笑)。それぞれの悩みはどうやったら解決できるかを考えるのも大事なんですが、そもそも何に悩んでいるか、自分のどんなところが嫌いなのかに気づく、というのが大事なんですよね。その人なりの気づき方があるはずで、そこを描くためには、その人のことを深く知らなければいけない。後半は、みんなの悩みを抱えなければならなくなってしまって、めちゃめちゃ大変でした」

特に苦労したキャラクターはと尋ねると、慎二の新しい恋人となる市川円の名前をあげた。「さすがです・しらなかったー・すごいです!!・せんすありますねっ・そうなんですねー」──男子ウケの大定番である“さしすせそ”を素で繰り出す、最強女子だ。
「一番自分から遠いというか、あまりにも未知の存在だから、“この子がどういうことに気づけば楽しく生きていけるんだろう?”と、わからなすぎてずっと考えていました。そうしたら、最終的に大好きな子になりました(笑)」

最初は、あの人は怖いと感じる。自分だったら近づきたくないなと思い、周りにいる人たちに逃げろ、と言いたくなる。けれど、彼や彼女の内側に入ってみると、全く違った人間性が見えてくる。『凪のお暇』のサスペンスとサプライズの根底にあるのは、これだ。
「“この人、何なの?”と思った時に、この人にも私からは見えないいいところがあるはずだって信じたい、という自分の気持ちが出ているのかもしれないですね。ただ、描き終えて今思うのは、別に相手に事情があったり本当はいい人なのだったとしても、許さないで距離を取って生きていくという選択もある。おのおので勝手にやっていきましょうでもいいんじゃないのかな、と思います」

©コナリミサト(秋田書店)2017