父親が認知症になり知った、厳しさの裏側にあった愛情と優しさ。苦悩と葛藤の中で変わっていく親子の関係をありのままに描く【書評】

マンガ

公開日:2025/6/27

 身内が認知症と診断されたとき、真っ先に押し寄せるのは戸惑いや不安だろう。認知症は単に記憶が曖昧になるだけでなく、感情や性格、行動のパターンが大きく変わるケースも多い。以前とはまるで別人のように思える家族に対し、接し方に悩む人も少なくない。

大嫌いだった父が認知症になった日』(鐘木ころも/竹書房)は、そんな事例を当事者の視点からありのままに描いている。

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 著者・鐘木ころも氏は、20代後半に母親から「お父さん認知症なんだって」と告げられる。昔から怒鳴ることが多かった父親は、著者にとって厳格で威圧的な存在。すでに関係は冷え切っていたため、その知らせを受けても特に何の感情も湧かなかった。

 しかし症状が進むにつれ、父親はかつての姿を失い、常識を外れた発言や行動を繰り返すようになる。娘である著者の目の前でアダルトサイトを平然と見る姿。食事をしながらぼろぼろと食べこぼす姿。著者は戸惑いと嫌悪感を抱くが、その一方で、ふと垣間見える父親の弱さや、過去には気づかなかった優しさに目を向けるようになっていく。

 本作の見どころは、認知症という厳しい現実を通して親子の関係が徐々に明るい方へと変わっていく様子が丹念に描かれている点だ。

 かつてあれほど厳しかった父親が見せる、以前なら考えられなかったような優しさや包容力。この変化は病によるものなのか、それともこれこそが本来の姿だったのか――。自問を繰り返しながら、しだいに著者は長らく目を背けてきた「父親」という存在と再び向き合い始める。親子の間に流れる時間の重みが、やがて深い理解と絆にゆっくりと変わっていくのである。

 長い年月をともに過ごす親子は、双方の成長や老い、時の流れを通じてゆるやかに変化していくものだ。厳しさの裏にあった愛情や願いが、年を経てからようやく見えてくることもある。認知症の身内を持つ人だけでなく、家族との関係に悩むすべての人に手に取ってほしい。

文=ネゴト / 糸野旬

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