礼装で最期を迎えた紳士たち――。膨大な資料をもとに描く、タイタニック号と運命を共にした乗客の物語【漫画家インタビュー】
公開日:2025/6/9

最新の書籍や人気の漫画作品の情報を発信する「ダ・ヴィンチWeb」。今SNSを中心に話題を集めているホットな漫画を、作者へのインタビューを交えて紹介する。
取り上げるのは、タイタニック号での最期を描いた漫画『愛しの友よ、最期の夜を』。
本作は、タイタニック号にまつわる史実を丹念に調べ上げ、その記録をもとに作品を発表している春野ユウさんによる一作だ。なかでも春野さんが特に関心を寄せている、グッゲンハイム氏とジリオ氏を描いたこの作品は、X(旧Twitter)で3.9万件を超える「いいね」を獲得し、多くの反響が寄せられている。
作者・春野ユウ(@haruno_yu_0617)さんにインタビューを行い、創作のきっかけやこだわりについて語ってもらった。
1912年4月14日。タイタニック号は氷山に衝突し、約2時間半後に沈没した。
あまりにも有名な海難事故だが、その船上で「紳士として」正装で死を迎えた者たちがいたことはご存じだろうか。
これは、タイタニック号の事故を長く研究している春野ユウさんが、膨大な資料をもとに描いた、タイタニック号の乗客で実業家のグッゲンハイム氏と彼の友人であり秘書でもあったジリオ氏の、静かで崇高な最期の物語である。
1912年の船上に、現代にも通じる学びがある魅力
ーー本作の発表からもうすぐ2年が経ちますが、今振り返ってみて、どのような思いがありますか?
未だにぽつぽつと「いいね」が届く作品で、当時ここまで多くの方に読んでいただけるとは思っていませんでした。それだけでなく、今でも「あのとき読んだ漫画だ」「覚えている」と言っていただけることもあり、素直にうれしい気持ちが一番大きいです。
ーーこの作品を描いたことで、ご自身の創作やテーマへの向き合い方に、何か変化はありましたか?
「タイタニックに詳しい人」だと思ってくださる方が多く、恐縮する場面もありました。私が自信を持って「詳しい」と言えるのは、グッゲンハイム氏とジリオ氏についてだけなんです(笑)。この作品でも、背景などできる限り史実に沿うよう努めましたが、歴史を扱う以上、今後もできる限り正確に描写したいという気持ちが強まり、気が引き締まる思いでした。
ーー読者から届いた感想や反響で、特に印象に残っているものはありますか?
グッゲンハイム氏の行動に対し、「立派だとは思うけれど、不倫してたんだよね?」という声はいくつかいただき、強く印象に残っています。そこはあえて濁さず、グッゲンハイム氏の家族がその事実を否定的に受け止めていた点も含めて描いたつもりでした。だからこそ、「その少しモヤモヤする部分まで正確に読み取ってもらえた」と感じて、むしろうれしかったです。
ーー特に気に入っているシーンやセリフを教えてください。
ラストのページです。信頼できる証言によると、彼らの最期は「タバコや葉巻をふかしていた」というものでしたが、セリフに関しては私の完全な創作です。どう描くか長い間迷っていたシーンでもあり、思い入れがあります。残されている資料から察するに、グッゲンハイム氏はジリオ氏を大切に思っていたようなので、ふたりの関係が少しでも伝われば……という気持ちで描きました。
ーー“タイタニックオタク”と自称されていますが、ハマったきっかけやその魅力を教えてください。
きっかけは、ジェームズ・キャメロン監督の映画『タイタニック』(1997年公開)が大好きだったことです。そこから興味を持ち、史実の人物を調べるうちにますます惹かれていきました。
映画にも多くの実在の人物が登場していますが、あの船は当時の社会の縮図であり、船内にあった階級、性別、人種、安全性の軽視といった問題は、今と通じる部分も多くあります。1912年当時を知ることで、現代にもつながる課題を学べる――それがタイタニックの大きな魅力だと思っています。
ーー今だからこそ「ここをもう少し描いておきたかった」と思う部分はありますか?
グッゲンハイム氏とジリオ氏のタイタニックでの様子については記録があまり残っていないため、むしろ想像で膨らませた部分が多く、描き残した点はあまりありません。ただ、タイタニックの美しい内装をもっと描き込めたらよかったな……とは思っています。とはいえ、単純に作画が難しいんです(笑)。背景は今も苦手です。
ーー 日々の生活の中で、大切にしている習慣やリフレッシュ法があれば教えてください。
タイタニックを調べていると、どうしても死や悲しみにまつわる情報に触れることが多く、心が弱っているときには意識して距離をとるようにしています。
リフレッシュ法としては、画力向上のために有名画家の作品やポーズ集の模写を習慣にしているのですが、それが意外と良い気分転換になっています。
ーー今、ご自身の中であたためているテーマや「いつか描いてみたい」と思っている物語があれば、お聞かせください。
タイタニックに乗っていた無線通信士たちや、乗客との交流を通じて人種差別を恥じてやめたご婦人、グッゲンハイム氏の運転手のエピソードなど、描きたい題材は山ほどあります。作画資料が手に入り次第すぐにでも取りかかりたいのですが、「タイタニックに積まれていた無線機って、どう描けばいいの?」といったところから大いにつまずいています(笑)。まずは資料集めをがんばらなくてはですね。
将来的には、もっと多くの資料をもとに、グッゲンハイム氏とジリオ氏の友情を描いた長編小説なども書けたら……という夢も持っています。
ーー最後に、作品を楽しみにしている読者へメッセージをお願いします。
読んでいただき、ありがとうございました。発表のペースは決して早くはありませんが、今後も創作には取り組み続けるつもりです。2025年現在、作品を解説する個人ブログもございますので、よろしければそちらにもぜひ遊びにいらしてください。またどこかで作品を通じてお目にかかれたら嬉しいです。