くだらない人生と引き換えに飛ぶ力を手に入れた男。結局残った絶望の中から見出した、彼の幸せとは?【漫画家インタビュー】

マンガ

公開日:2025/7/27

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 空を見上げて「誰もいない場所に行きたい」とつぶやくのは、孤独な日々に疲れた43歳独身の長島夢彦。そんな彼の前に現れたのは、「空を飛んでみたくない?」と持ちかける謎の男。彼が提案する“飛ぶ力”を得る代償は、長島自身の人生そのもので――。漫画家・勝見ふうたろー氏が描く、ちょっと不思議な短編漫画。

 本当の幸せを求め、満月の夜に月を目指して飛び立つ夢彦。飛ぶ途中で目にしたのは、家族や恋人、友人と共に幸せそうに過ごす人々の姿だった。その光景に絶望し、泣き叫ぶ夢彦。しかし、そこには同じく月を目指して飛ぶ多くの同志たちが……。

人生を差し出した男は幸せになれたのか?

――空を飛ぶ力と引き換えに人生を差し出すという設定はどこから思いついたのでしょうか?

夢彦は悩むけれど、最終的には人生を差し出してしまうタイプだと思うんです。彼にとって、人生というものが今、相当ぐらついているものなんじゃないかなと感じていました。

それに加えて、別の視点から考えると、「人生みたいな重いものを背負っていたら、空なんて飛べないんじゃないか」という発想が先にあった気がします。人生のウェイトを外してふわっと浮かび上がっていくようなイメージですね。そのウェイト、つまり「これから人間として生きていくことの重み」が、空を飛ぶ力を得るために手放さなければならないものだと考えました。

――夢彦が空を飛ぶのに飽きてしまう展開も印象的ですね。

空を飛ぶという行為自体は一見インパクトが大きいけれど、実際にやり続けると、意外と単調で飽きてしまうかもしれないと思いました。その退屈さが、彼の孤独感をさらに深めるきっかけになったのではないかと思います。

結局、夢彦は現状をどうにかしたいけれど、「満月を目指せば幸せが待っている」という不楽井の言葉にすがるしかなく、飛んでいきます。

――いろんな家庭や家族を見ているときの表情にはどういった感情が表れているのでしょう?

後悔というのか、自分の中ですごく葛藤してるんだと思います。他人の生活を見て、それを見ながら死んでいくしかない自分。そういう選択をしてしまったことへの後悔と、今さら後悔してどうなるんだよっていう、自分の中でいろいろ言い争ってる顔かなと思います。

――でも、同じく孤独な人がいっぱいることがわかって、夢彦は救われたんですよね。

幸せそうな表情をしていますし、救われてると思います。

――最後「じゅッ」という音で物語が終わりますが、あれはどのような思いが込められているのでしょうか?

「じゅッ」という音は、ある種の終焉を象徴しているんですが、それが幸福な結末なのか、絶望的なものなのかは読者に委ねています。この作品は、「空を飛ぶ」という一見華やかな体験に憧れる読者に、「それが本当に幸せなのか?」と問いかけるような意図があります。

――SNSで話題になった作品ですが、その反響についてはどう感じていますか?

実は、この作品を描く前にネームまでは作っていたものの、形にするか迷っていたんですよ。これまでの自分の作品とは雰囲気が大きく異なっていて、正直なところ、自分でも「この作品で何を伝えたかったのか」「どんな目的で描いたのか」といった部分を完全には理解しきれていなくて。不思議な作品だなと感じつつも、思い切って発表したところ、予想以上に多くの人に読んでもらえてよかったです。

この作品をきっかけに、新しいファンが増えただけでなく、個人的な話ですが、新たな友人や知人とのつながりも生まれました。「こういう作品を描けるなんてすごい」といってくれる方々との交流が広がり、自分にとっても大きな変化をもたらしてくれました。

一人で試しに描いてみた作品が、思いがけず多くの方に共感されるという経験を通じて、この作品のラストシーンとも重なるような感覚を覚えましたね。それがとても面白く、意義深い出来事だったと感じています。

「体一つで自由に空を飛べたら…」と想像するのは、誰もが一度は思い描く夢だろう。謎の男・不楽井に導かれて、本当に体一つで空を飛んでしまった夢彦。その経験は彼にどんな選択をさせるのか?

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