清野とおる 赤羽に代わる街探し漫画が完結。「スペアタウン」を探す、本気の街歩き【書評】
PR 公開日:2025/6/21

今やすっかり浸透した「街歩き」という言葉。リラックスも兼ねて自由きままに街を楽しむ「散歩」と違い、その街の面白さや魅力を追求する「街歩き」。それは時に宝探しのようでもあり、自分の日常を豊かにする最も身近なアクティビティのひとつだ。だが、この作品に登場する「街歩き」はそのイメージを根底から覆す。まるで「街歩きは遊びじゃねぇんだよ!」と言わんばかりの、本気の街歩き。それが『スペアタウン ~つくろう自分だけの予備の街~』(清野とおる/集英社)だ。
――もしもある日、住み慣れた街を離れなければならなくなったら。いつどんな劇的な変化が起きるかわからない今の世の中、漫画家・清野とおる先生は最悪の事態を想定して愛すべきホームタウン「赤羽」と同じ感覚で今すぐ住める街「スペアタウン」を探す旅に出る。
なにせ、有事の際に住める街を探すのが目的なのだから、その眼差しは真剣そのもの。街の空気を肌で感じ、時にはその街の成り立ちはもちろん、地理、文化、住人の姿までをも丁寧に読み解く……。まるで街を慈しむような、究極のフィールドワークがそこにはある。

そんな本気の「街歩き」を通して見えてくるのは、自分自身の暮らしの本質だ。今、自分が住む街は、ある意味で「自分の暮らしそのもの」を映し出している。つまり、「スペアタウン」を探すという行為は、言い換えれば自分にとって絶対に譲れないもの、何よりも大切にしたいものを見つめ直す旅でもあるのだ。
心のアンテナにじんわりと引っかかり、ずっと気になっていたという「多摩センター」から始まったこの旅。最終2巻では西新宿の「十二社」をはじめ、清野とおる先生の盟友である漫画家・押切蓮介先生の「スペアタウン」が登場するなど、本気の街歩きはさらなる高みへと歩を進めていく。

個人的に最終2巻で特に感銘を受けたのは、清野先生が提唱する「スペアタ運」の上げ方について。その街について入念に調べることよりも現地での「運」が何よりも大切だという清野先生は、自身が編み出した開運法を今巻で余すことなく教えてくれる。突拍子もなさそうに見えて、よく考えれば理に適っているような「スペアタ運」の上げ方。
そんな一つ一つの行動の根底にあるのは、まるで人と接するかのように、その街に対して深い愛情と敬意を持って向き合う姿勢だ。ただ観察をしたり、創作のネタにしたりするのではなく、街の空気や歴史、人々の営みに心を寄せながら歩くことで、街もまたその想いに応えるかのように、少しずつその本質を見せてくれる。
回を重ねるごとに、まるで清野先生と街が呼吸を合わせていくような、不思議な一体感が生まれてくる『スペアタウン ~つくろう自分だけの予備の街~』。そしてその感覚は、私たち読者にも確かに伝わってくるのだ。だからこそ、清野先生が描き出す街たちは、ただの風景ではなく、まるでそこに命が宿っているかのように強烈な生命力を放つのではないだろうか。
きっと、本作に登場した街たちも「見つけてくれて、描いてくれてありがとう……」と、今ごろ優しく微笑んでいるに違いない。
文=ちゃんめい