「推しを戒名に入れたい!」リアル住職に聞いてみたら、戒名が高い理由と本当の役割を教えてもらい、お寺さんとの“縁”の大切さに気づいた話【蝉丸Pインタビュー】
更新日:2025/6/26
どうせ「オタクの終活」というならば、葬儀でもオタ活したい。戒名に“推し”を入れたい。
俺が死んだら、ハードディスクは中身を見ずに処分してくれ――そんな定型文が生まれるほど、「オタクの終活」といえば集めたデータやグッズの話題が多いです。
確かに、死後のグッズの行方はもちろん心配ですが、しかし、それ以前に我々は葬儀について何も知らないのではないか。
ということで、本記事では葬儀で必要になる「戒名」に焦点を当て、法具による演奏でクリスマスを祝う動画等をニコニコへ投稿しているリアル住職、蝉丸Pさんにインタビューしました。
そもそも戒名とは何なのか? なぜ戒名代は高額なのか?
「自分はこんなオタクだったんだ」、「私はこのコンテンツが好きだったんだ」と伝えられる戒名を付けることは可能なのか?
『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』のあのキャラに戒名を付けるなら? 『涼宮ハルヒの憂鬱』、『新世紀エヴァンゲリオン』を戒名に落とし込むとどうなるのか!? 戒名の正しい意味と仕組み、葬儀ビジネスに関わる側の世知辛い事情、オタクならではのこだわりが光る“推し戒名”の可能性まで、たっぷりと話を聞きました。
■パートナーなし! 子供なし! 親戚づきあいなし! 戒名どころか、葬式がムリかも!?
――「オタクの終活」というとグッズの整理についてよく聞きますよね。
蝉丸P:
私も仲間うちで「遺品の引き渡しは◯◯くんに頼むわ」って話はしますね。
ちゃんと遺言として残してる人は少ないですが。
――グッズも心配ですが、その前にお葬式のことを何も知らないのが不安なんです。
蝉丸P:
そもそも、自分の葬式を出してもらえるかも怪しいんですよね。
親の葬式の方が先だろうし、自分のことまで考えてる人はほぼ居ないかと。
――確かに、そうですよね。
蝉丸P:
日本の葬式って、基本的に子どもがいること前提の社会設計なんです。
例えば、故人の口座からお金を出すのだって銀行にハンコを持って行って、マイナンバーで続柄の照会したり、相続放棄の手続きを集めてようやくできる。そういう、ほぼ馴染みのない複雑な手続きをやる体力、精神力がある子どもがいる前提の仕組みなんです。
私、ニコ生で雑談配信してるんですけど、見てくれている人にもパートナーや子供がいない人は多い。我々のように次の代がいない「末代」が葬式するには、どうするかを考えておかないといけない。

――言われてみれば、私も「末代」ですね(笑)。
蝉丸P:
子供はいない、では親戚は頼れるかと考えると、父母の兄弟が多ければまだ可能性がある。けど、兄弟も自分と大して変わらない年齢だから亡くなってることも多い。
血縁者に頼れないとなると、行政とか地域の福祉事務所のケースワーカーの人に全部丸投げとか、生前に契約できるサービスを利用するとかになりますね。
完全に身寄りの無い人の葬儀を役所経由で頼まれたりもしますが、住んでる所の自治体によって扱いが違うので一概に言えませんし。
――私はそういった準備もできていないですね。
蝉丸P:
普通そうですよ。なかなか備えようがないので。

■戒名への誤解……葬式のためのものでなく「仏門に入った証」
――葬式に関連して「戒名」について知りたいんですが、まず、そもそも戒名ってどういう意味を持つものなんでしょうか。
蝉丸P:
まず最初に諸説あります(笑)。
というのを念頭に、他人の話は「話三割」くらいにして頂きたいんですが日本の仏教の場合、宗派の違いというよりは地域ごとの違いというのが大きくて昔は川一つ、峠一つを超えたら別の国というくらいに地域による差が凄まじいんですよ。
最近有名になってきたお盆に飾るナスとキュウリで作る「精霊馬」なんかも関東の方の風習で、関西だと「見たことない」って人がほとんどなんです。
仏教に属する事柄だけど、そこに地域の伝統や風習が交じるともうカオスな状態で民俗学の分野だったりします。
さらに同じ仏教でも師匠から受けた伝授によって内容に差があるというのも常のことです。
教義の根幹みたいな部分は同じでも、細かい作法が違うなんてのが当たり前ですし自分がいる、この四国某所なんかは本州の葬祭トレンドとは全然別モノですから、そこら辺を踏まえた上で通説的かつ、自分が習った範囲での話という但し書きがつきますが……
戒名は本来、生きてるときに仏門に入りますよっていう意思表示なんですね。
――死んだときに付ける物じゃないんですね。
蝉丸P:
古くは、平安、室町あたり。天皇家とか摂関家とか、身分の高い人たちは年を取ったら仏門に入るっていうムーブがあったんです。
得度受戒(とくどじゅかい)と言って僧侶になるための儀式をして「私、仏教徒になりました、仏門に入りました」と、そのときに証として道号や戒名を授かったんですよ。
戦国武将などに多かったのが、ある程度年を取って家督を譲るってなったら、生きてるうちに出家して名前を改めるっていうのは普通だったわけです。
――そういう文化があったんですね。
蝉丸P:
武士にせよ猟師にせよ仕事としての殺生は基本的に罪ではないと言っても、やっぱり死後のあれこれは気になるから生きてるうちに仏門に入って罪を懺悔しておくという感じですね。
あと、昔は本名にあたる諱(いみな)ってのは人前で呼ばないんですよ。
中国から入ってきた文化ですが、本名を知られると魂を支配されるって価値観があった。今も昔も個人情報を知られるのはセキュリティ的に危ないのは共通ですね。

これはドラマとか時代小説を書く人が困ってますが、当時は徳川家康を「家康殿」なんて呼ばないんですよ。
大勢の前で諱を呼ぶなんていうのは、その場で殺されても文句が言えないぐらい超失礼な行為だったけど、分かりやすさを重視するとそうせざるをえないという。
だから、家康だったら通称であった「次郎三郎殿」とか、親しければ幼名とか「内府殿」や「大御所様」とか役職名や尊称で呼ぶ。本名は肉親でもない限りは公の場所では呼ばないんですよね。
――それで戦国大名の名前はやたら長かったり、いろんなパーツに分かれているんですね。
蝉丸P:
そう。いろんなパーツに分かれてるっていうのは、書類に書く用、一般で呼ぶ用、改まったとき用とか、使い分けをしてたわけです。
その使い分けの中で「仏門に入りました」というのを表すのが戒名だった。
■「好きな文字を戒名に入れる」ことは、そもそも可能なの?
――戒名もいくつかのパーツに分かれてますよね?
蝉丸P:
一般的な戒名で言えば、長い所から言うと院号。
院号は、元々はお寺や建物を寄付いたしましたという意味。◯◯院という建物を寄付したから「◯◯院」とか。

例えば、藤原家なら法興院っていうお寺を寄付したから、法興院◯◯◯◯居士となります。
院というのは寺の中に垣根に囲まれた院という建物を一つ丸々建てて、仏門のためにお役立てくださいって寄付したら、そこで初めて院号がついたわけです。

――実績を表す名前でもあったんですね。
蝉丸P:
そうです。で、次に来るのが道号。
道号の「道」っていうのは、仏門のこと。昔は仏教とは言わず、仏道とか仏門って言っていたから「道」の字を使うんです。
「仏教」っていうのはあくまで明治時代に「religion」、信仰っていうこの単語をどう訳すかの中で「宗教」っていう呼び方が出たからですね。
――そのときでキリスト教とか、◯◯教という言い方ができたんですね。
蝉丸P:
「仏教」もそう。神道なんかは今でも道ですけれども、昔は何かをするっていうのは、基本的には道だったんですよね。
だから仏教のことも仏教って言わないで、仏道(ぶつどう)って言ってたわけですよ。
道号は仏道に入ったとき、自分が目指す所を名前にするんです。今風ならペンネームみたいなものですよ。
例えば、悟りを求めるなら悟りを表す「覚(かく)」の字が入ったりするわけですよね。悟りの道を照らすで「覚照」とか。

で、3つ目に戒名が来るわけですわな。
戒名は仏弟子としての名前。経典とか仏教に関係のある言葉からチョイスされて、師匠につけられる名前なんです。
最近の流行りではその人の生前の名前から一文字とか入れるんですが本来は、戒名に個人の名前の一部を使うなんていうことはあんまりなかった。
院号、道号、戒名で、最後に位号って言って、居士とか大姉とか信士、信女みたいなのが入るわけです。
――4つのパーツになってるんですね。宗派によって作りは違うんですか?
蝉丸P:
大体一緒ですが、浄土真宗は「釈◯◯」という独自規格ですね。
――きちんと意味があるんですね。「推しを入れる」みたいなことはできるんでしょうか?
蝉丸P:
「お坊さんとしての戒名」だとそういうのはないけど、一般の人が葬儀でもらう戒名なら大丈夫です。
生前に好きだったものを入れてあっても「おお、洒落が利いてらして」ってなもんですね。

――ちなみに推しの文字が入るとしたら、どのパーツですか?
蝉丸P:
生前の一文字を入れるのは、大体は道号ですね。一番自由が利くのがここなんですが必ずそうとも言い切れないくらい地方や宗派によっても違いはあります。
「生前に画号とか俳号とかペンネームとか持ってます?」って聞いて、そういうのが入るのは道号の部分です。
例えば、お花の宗匠の名義を持ってますとか。この前、尺八の師匠としての名前を持ってるから、それを入れてくれっていうのもありました。
■戒名に「好きな文字」を入れられるかは、お坊さんとの関係性次第?
――生前に好きな物を入れた戒名を付けてもらうというのは、どう思われますか?
蝉丸P:
死ぬときまで、ちゃんと好きなら良いんですけれど……。
例えば、「『刀剣乱舞』の山伏国広が好きだから、山の字を入れてください、国の字を入れてください」みたいに言ったとしてもですよ、途中で変わったりしませんか?
死の瞬間まで、そのコンテンツを「私これが大好きです」みたいに思い続けられますか?と。

――来季になったら“嫁”が変わってるようなのだとダメですね。
蝉丸P:
「まだ『聖闘士星矢』やってるの?」とか「まだ『キャプテン翼』やってるの?」とか、周りからそう言われるくらいずっと好きなら戒名に入れ込みますが。
相応の熱量があれば「推しの一文字を入れてください」というのもアリですけど、ゲームじゃないんでホイホイと付け替えできませんから。
あと、好きなキャラの名前を入れるとなると。できるキャラと難しいキャラがいますね。「五条悟」なら、悟が「悟り」の字だから入れやすいけど字によっては差別戒名になりかねないなんて場合もあります。
――アニメや漫画以外の趣味、例えば「生前、母は旅行が好きだったんです」みたいな例もありますか?
蝉丸P:
ありますよ。この前「俺、鉄道好きだから、鉄の字入れてくれ」って生前に言われてたので「それなら道号に鐵道って入れときますね」とか。
鐵道のテツは旧字体でいかめしいほうの「鐵」で。
もし戒名の意味を説明するとしても「悟りに向かって横道にそれず、早く着きますようにということで鐵道という道号をつけまして」とか「鐵のごとく固い意志を持って悟りを求めるということで」みたいに、理屈と軟膏はいくらでもつきますから。

――なるほど(笑)。
蝉丸P:
こんな口上はいくらでも言えますけれども、ただ世の中、こういう口上が不得意とか解説は無しなんてパターンもありますから。
――アドリブが利く人を探そうっていう所がスタート地点ですね(笑)。
蝉丸P:
アドリブというか引き出しの多さ次第かなと。
本来の論旨に戻すと、戒名の本来の意味は仏門に入るときもらうもの。お葬式をしますよってときになって、いきなり戒名に自分の好きな名前をつけてもらうのは結構難しい。
――事前に相談しておけば可能ですか?
蝉丸P:
菩提寺【※】とか決まってるなら、可能でしょうね。
「俺、これ好きだから、戒名これ入れてよ」って言ったら、よっぽど変な字じゃなければ対応しますから。
※菩提寺
先祖代々のお墓があり、葬儀や法要をお願いするお寺のこと。
――ちなみに戒名って、どれぐらいの期間で作るものなんですか。
蝉丸P:
一般的な場合で言うと、大体、亡くなられた時に最初の電話があって、お通夜の打ち合わせがあって……という感じですからニ晩、三晩で考える感じですね。
■もしも「シャア大好き」な、あのキャラに戒名を付けるなら……
――ガンダムをものすごく好きな人だったら「院号をジオン院にしてほしい」なんてこともできるんですか?
蝉丸P:
それはできますよ(笑)。

――できるんですか!? 結構自由がきくんですね。
蝉丸P:
できますね。期せずして「ジオン院」っていう読みになって「ああ、ガンダムだ!」と思ったことがあります。
――例えばなんですけど、シャアがめちゃくちゃ好きで突然行方不明になったら5年ぐらい探し続けちゃう人が、シャア大好きっていう気持ちを入れるとしたらどんな戒名になりますか?
蝉丸P:
……シャリア・ブルの戒名ですか……。
――伝わっちゃった(笑)。

蝉丸P:
緑のおじさんの戒名で言えば……。
木星、彗星、うんぬんの話をするんであれば……。
木星は二十八宿【※】だと「太歳」っていうビッグネームですし。
※二十八宿
中国の天文学・占星術で用いられた空の星を28のエリアに分けたもの。
――二十八宿? なにか、我々には分からない変換をされてますね……。
蝉丸P:
「木星帰り」をそのまま「木星院」と入れるのは、昨今SNSで口うるさく言われている「教養」的にアレな感じですし(笑)。
――ひねりを利かせられるかが、腕の見せ所ですか。
蝉丸P:
そうそう、腕の見せどころ。太歳院として……彗星、求めるで……。
「太歳院彗星求道居士(たいさいいん すいせい くどう こじ)」というのはどうですか?

――「彗星に求める」でシャアを求めているという意味ですね。ちなみにこの戒名を「シャア大好き」を隠して説明することもできますか?
蝉丸P:
木星で核融合のエネルギー源であるヘリウム3の採取、運搬に従事しておられたことがあり、故人は生前、木星に縁が深い名前ということで太歳院とつけました。
道を求めるとは、目的への決断が果敢で判断の早いこと。その閃きは彗星のごとくという人柄を鑑みまして「太歳院彗星求道居士」と、このように名づけたわけでございます。
なんて説明することもできますね。
――すごい。この名前の裏に「シャア大好き」が隠れてるとは思わないですね。

■涼宮ハルヒ、ヱヴァが大好きな人の戒名も考えてもらった
蝉丸P:
こうやって戒名をつけようと思ったら、こういう遊び、しゃれっ気とか含意、寓意、暗喩みたいなものは大体いろいろ使えます。あとは韻を踏んだりとかね。
――韻もあるんですか。
蝉丸P:
ありますよ。ただ、これは頼む住職によっては「もう、そのまんま木星院でいいじゃん」って言う人もいるわけですよ。
その辺は「もうちょっと、こう手心というか……」みたいな(笑)。
――例えば『涼宮ハルヒの憂鬱』が好きなら、そのまま道号に「涼宮」とか「春日」と入れるのはダサいですか?

蝉丸P:
そのまま入れるような場合もありますし収まり次第というか。涼宮をどうしても入れたいんだったら「涼宮院」ですね。
好きな要素を入れる全部、道号でなければいけないことはないですし。
――「涼宮院」なら、そういう場所があるっていう体で入れられるんですね。
蝉丸P:
そうそう。一文字だけ取るなら清涼院とか実際にありますからね。
あとは誰が好きかにもよるけれども、朝比奈さんが好きだとか長門が好きだとか……。
……何でこんなことを真面目に考えてるのかと(笑)。

――本当にありがとうございます(笑)。
蝉丸P:
いえいえ(笑)。
――本来であれば、これは仏門に弟子入りするときにいただくものですからね。
蝉丸P:
とはいえ、好きなもの入れてくれというのも別に悪いことでも何でもないわけですからね(笑)。
「清涼院朝門泉覚居士(せいりょういん ちょうもん せんがく こじ)」というのでどうですか?

――字の並びがとても綺麗ですね。
蝉丸P:
書いてて綺麗でしたね(笑)。
涼宮ハルヒの涼。朝比奈さんの朝が入って、長門の門。古泉さんの泉が入って、で、悟りの意味で覚。
泉のごとく、知恵が湧くようにということで泉覚。朝の清々しい門出に例えまして……みたいなとこを言ったりもできるわけですよ。
――お見事です(笑)。大変申し訳ないんですけど、もう一つだけ。『新世紀エヴァンゲリオン』が好きな人のパターンもお願いできますか?

蝉丸P:
エヴァ好きな人ですか……。
まあ誰が好きかにもよりますし、作品そのものが好きだと言われるとまた変わってきますね。
綾波パターンとかアスカパターンとか、いろいろ考えられますね。綾波の「綾」なんかは入れやすい字です。
――「綾波レイは俺の嫁」って言っていた人は、今も嫁だと思ってるんでしょうか。
蝉丸P:
だいぶ時間が経ちましたからね。
やっぱり3部作最後で公式・同人併せて愛憎がドロドロになった既存ヒロインを過去の文脈的にスパッと切って、眼鏡のお姉ちゃんが持ってったっていうのを公式でやったわけですからね。いや変わらない人も多数いてはりますが(笑)。
それはそれとして、登場人物から取って……「薫(カヲル)」を入れて。
「綾善院碇学薫風居士(りょうぜんいん ていがく くんぷう こじ)」でどうでしょう。

――薫陶の薫、こちらも綺麗な字ですね。わがままを聞いていただいて、ありがとうございます。
蝉丸P:
つけようはいくらでもありますが、本当に戒名をつける人のセンス次第です。
指定された文字と故人の生前の名前をくっつけただけで、意味まで考えてないみたいな戒名をつける人もいてはりますし……。
スケールモデルのフィギュアと、レゴブロックをくっつけただけのような趣きの違いがあったりしますね。

――でも、こういうふうになっている、という仕組みを知らなければスケールモデルとレゴブロックの区別もつきませんでした。
蝉丸P:
そういう分かりにくさも含めて、現代では戒名はちょっと贅沢品の感じがありますね。
――こういうことを知ると「この住職に作ってもらいたい」みたいな欲が出てしまいますね。
蝉丸P:
本旨で言えば仏弟子としての名前なわけだから、お師匠さんからもらう名前に否やを言うわけにもいかんわけですけど。
