『夜逃げ屋日記』がヒットした理由とは? “逃げ”を肯定する時代の空気感【著者インタビュー】
公開日:2025/7/14

漫画家を目指すもなかなか芽が出ず、悩む日々を送る宮野シンイチさん。そんな時に、特殊な引越し業者「夜逃げ屋」を取り上げたテレビ番組を偶然視聴。出演していた社長を「漫画にしたい!」と本人に直接電話したら、なぜか自分も夜逃げ屋で働くことになり――。DV、毒親、宗教二世信者…さまざまな事情を抱えた人々からの依頼で実際に働き、そこで起きた出来事を漫画にしたのが『夜逃げ屋日記』(宮野シンイチ/KADOKAWA)だ。私たちとなんら変わらないように見える人、家庭なのに、一歩踏み入れると見えてくる衝撃的な現実。夜逃げ屋として働く人々の持つ過去。目を塞ぎたくなるような事実から目を背けず、しかし笑いも忘れず、時に温かい言葉に涙する。そんな宮野さん独特の筆致で描かれた本作が生まれた経緯から裏話まで、さまざまなテーマで話を聞きました。
――本作を発表するまでは漫画家として評価されず苦しんでいた宮野さん。本作がヒットした理由は何だと思いますか?
宮野シンイチ(以下、宮野):ヒットって言ってしまってよいのかわかりませんが、僕が持ち込みをしていた時期に編集さんから言われた言葉の中で、今でも忘れられない言葉があって。「この漫画は昭和だったら絶対ウケない」って言われたんですよ。昭和って、熱血で、逃げずに相手に立ち向かうストーリーの漫画が流行っていましたし、通用する時代だったと思うんです。だけど今は必ずしもそうじゃない。「立ち向かうのは……」と感じている人は『夜逃げ屋日記』を読んだら救われると思うって言われました。
――時代の空気に即していたんですね。
宮野:結局そこの雑誌で連載することはできなかったんですけど、今の時代に向き合えるのが『夜逃げ屋日記』なんじゃないかと思いました。そういうところが読んでくれる方が多くなった理由かなと思います。実際読者さんから「自分もこういう風に生きようと思いました」と言ってもらえることもあるんです。
――ラストシーンに本の一文を引用したり、ハチや魚で人間の持つ一面を表すなど、表現力が素晴らしいと感じる思うシーンがいくつもありました。原作者ではなく漫画家を目指すと決めた時、絵画教室に通って絵の勉強をしたと伺いましたが、そこも勉強したことを活かしているんですか?
宮野:いや、表現方法は独学かもしれません。ストーカーやDVなどの作品で取り上げるものについての勉強は本を読んだりしてしました。現場に入ったほうが感じ取れることは多いのですが、一応はある程度の知識は入れておこうかと。引用したのはその時読んだ本ですね。
取材・文=原 智香