30代のある日に覚えた違和感から、がんが発覚。元の生活に戻ることを願って苦しい治療を頑張ったのに…闘病とその後の試練を描いたコミックエッセイ【書評】
公開日:2025/7/28

がんと向き合うことの苦しみや悩みは、実際に経験した人でなければわからない。がん自体の症状に加え、治療に伴う副作用や合併症も多く、その影響は人によってさまざまだ。
『ママ5年目でがんなんて 手に入れた卵子と失った味覚』(松本ぽんかん/KADOKAWA)は、漫画家であり一児の母でもある著者が、自身のがん闘病の日々をやさしいタッチで綴ったコミックエッセイ。本書では、病が発覚した際の衝撃や治療の選択、身体と心に起きたさまざまな変化が詳細に描かれている。
始まりは、ある日ふと感じた喉の違和感。その正体は単なる風邪ではなく「がん」だった——。医師に告げられた衝撃の事実に動揺しながらも、若年層特有の進行の早さも相まって、著者は即座の治療開始を余儀なくされた。
抗がん剤治療の副作用は身体だけでなく、将来子どもを持つ可能性にも影を落とす。著者の場合は幸運にも治療前に卵子凍結が叶い、かすかな希望を繋ぎとめることができた。治療を終えれば元の生活に戻れる。そう信じていた著者だったが、予想外の後遺症に悩まされることに。それは治療後も長く続いた味覚障害だった。食べ物の味がしないという現実は、日常の楽しみを奪い、やがて心にまで深く影響を及ぼしていく。
一般的にも、がん治療を終えた後に完全に元通りの生活に戻れるとは限らないのが現実だ。治療の影響で体力や免疫力が低下していることに加え、再発への不安や精神的なストレスを抱え続ける人も少なくない。中でも、食事という日常の楽しみが失われることで心の健康や生活の質に深刻な影響が生じる様子は、がん経験者でなければ想像できない。本書は、そうした傍からは見えない苦しみを可視化し、日常のありがたさや生きることの重み、そして支える側に何ができるのかという問いを静かに投げかけている。がんと向き合う当事者やその周囲の人々に限らず、すべての人に読んでほしい作品だ。