仕事も恋も失ったアラサー女子は京都を目指す。甘味オタクの大学生と喋る黒狐が導く怪異と癒しの日々【書評】

マンガ

公開日:2025/7/28

 京都が好き、甘いものに目がない、ファンタジーに心がおどる。どれか一つでも当てはまるなら、『京都伏見のあやかし甘味帖』(えんか:作画、柏てん:原作/KADOKAWA)を手に取ってほしい。仕事も恋も失い、心にぽっかりと穴があいたアラサー女性が、癒しを求めて訪れた京都で、怪異と甘味に満ちた不思議な日々を過ごすファンタジー漫画である。

 29歳の小薄れんげは窮地に追い込まれていた。仕事に尽くしてきたものの評価されずに左遷され、追い打ちをかけるように結婚間近の彼氏の浮気が発覚。怒りと悲しみを胸に、彼女は仕事を辞め、家を出て、京都へと向かう。そこで出会ったのが、民泊の家主・穂積虎太郎(ほづみこたろう)。柔らかく穏やかな性格と、甘味への強い情熱を持つ大学生だ。彼との出会いを皮切りに、れんげは京都の街を探索し始める。その矢先、彼女は喋る黒狐・クロと遭遇。気がつけばれんげの憑き神となってしまったクロによって、次々と怪異に巻き込まれていく。癒しの旅になるはずが、思いがけず騒がしくもにぎやかな日々が始まる。

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 本作の魅力は、なんといっても京都の風景と甘味の描写。登場するお菓子は、実際に京都で食べられる銘菓ばかりで、虎太郎の熱量ある解説と表情豊かなリアクションに、つい食べたくなってしまう。京都駅の大きな天井、人でにぎわう神社、静かな住宅街や細い路地など、京都の空気がそのまま伝わるような繊細な描き込みも見どころだ。

 れんげは、自分を守るために他人との距離を取ろうとする一方で、根の部分では強く優しい心を持っている。その強さがあるからこそ、彼女は傷つきながらも前を向くことができるのだ。また、怪異に翻弄されながらも、京都の風情と虎太郎のあたたかさに触れ、れんげの張りつめた心が徐々にほぐれていく様子には、思わず感情移入してしまう。一歩ずつ、れんげが自分の弱さや本音と向き合い、前へ進もうとする姿が心に響く。新たな一歩を踏み出す姿を、静かに見守り続けたくなる作品だ。

文=ネゴト / fumi

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