一度見たものは忘れない。才能のある少女が、知性と努力を武器に男社会に挑む中華風後宮ファンタジー【書評】
公開日:2025/7/30

『茉莉花官吏伝~後宮女官、気まぐれ皇帝に見初められ~』(石田リンネ:原作、高瀬わか:漫画、Izumi:キャラクター原案・原作イラスト/秋田書店)は、才能を見出された少女が、男性社会に挑みながら、女性官吏として未来を切り拓いていく中華風後宮ファンタジーだ。
物語の舞台は、女性が自由に活躍するにはまだ厳しく、男社会の価値観が色濃く残る時代。そんな中、後宮でひときわ異彩を放っていたのが、“一度見たものは忘れない”という天性の記憶力を持つ少女・茉莉花だった。けれど、その才能ゆえに、彼女は周囲からの嫉妬や偏見にさらされる。その才能を隠すように、目立たず慎ましく日々を過ごしてきた。
そんな茉莉花に手を差し伸べたのが、若き皇帝・珀陽。気まぐれにも見えるその態度の裏にあるのは、鋭い観察眼と人を見る確かな目だった。彼は茉莉花の力を信じ、あえて困難な任務を次々と与える。珀陽の「君ならできる」という信頼が、茉莉花の挑戦を後押しし、守られるのではなく、互いを認め合う信頼関係が築かれていく。
本作は、後宮という独特の閉ざされた世界で、少女が“女官”ではなく“官吏”として、知性と努力を武器に立ち向かっていく物語だ。ただ可愛がられるだけの存在では終わらず、組織の中で、自らの実力で評価を勝ち取り、確かな居場所を築いていく。その姿は、女性の社会的自立という現代的なテーマとも響き合っている。
茉莉花は決して“最初から強い女性”ではない。何度も心が折れかけながらも、それでも前を向いて進んでいく。挫けずに前を向く彼女の姿は、読者の背中をそっと押してくれるだろう。彼女を信じて支え、必要なときには手を差し伸べてくれる周囲の人々との関係もまた、温かく胸を打つ。
もちろん、魅力的な男性陣の登場も見どころのひとつ。皇帝をはじめ、それぞれに魅力と背景を持つキャラクターたちが物語を彩っている。
政治ドラマの重厚さ、恋愛要素のときめき、そして“女性の生き方”という普遍的なテーマが見事に絡み合うこの作品は、中華後宮ロマンの中でも際立った存在感を放っている。困難の中でも希望を手放さず、道を切り拓いていくヒロインの姿に心を重ねたい方に、おすすめしたい一冊だ。