本読みの達人が選んだ、おすすめの新刊本は? 花粉の辛さがわかる本など、ダ・ヴィンチBOOK Watchersの選りすぐりの8冊を紹介
公開日:2025/8/31

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年7月号からの転載です。
本読みの達人、ダ・ヴィンチBOOK Watchersがあらゆるジャンルの新刊本から選りすぐりの8冊をご紹介。あなたの気になる一冊はどれですか。

本間 悠
ほんま・はるか●1979年生まれ、佐賀市在住。書店店長。明林堂書店南佐賀店やうなぎBOOKSで勤務し、現在は佐賀之書店の店長を務める。バラエティ書店員として書評執筆やラジオパーソナリティなどマルチに活躍の幅を広げている。
その切れ味がクセになる度 ★★★★★

佐賀発警報級大型新人が描く新たなヤングケアラー像
突きつけられる現実に、あなたは何を思うだろうか。
表題作『救われてんじゃねえよ』は難病の母のケアを担う、女子高生・沙智が主人公。妻の介護を一切しない浪費家の父と、八畳一間のアパートに暮らす。暮らしは貧しく、沙智は修学旅行にも参加できない。沙智の視点で描かれる彼女の現実は、悲惨という一言では到底片づけられそうにない過酷なものだ。彼らが交わす佐賀弁の会話が、生々しさを増幅させる。悲惨過ぎてページをめくる手が止まりそうなものだが、沙智の語りには独特のユーモアがあり惹きこまれる。嘆くでも受け入れるでも拒絶するでもなく、ただ刹那を生きてゆく。2話では大学生、3話では社会人となる彼女の生き様から目が離せなくなること間違いなし。
高校時代から県内の文学賞を受賞するなど、佐賀県文学界では一目置かれた存在だったと聞く上村さん。佐賀市の書店としてエールを送りたい。
文芸/小説
幸せの余韻がしばらく続く度 ★★★★★

これぞ瀬尾文学の集大成! “幸せ”の文字起こし
瀬尾まいこ氏が「これまでの私の人生を全部込めた」と語る最新刊『ありか』がとにかく素晴らしかった!
描かれているのはシングルマザーの美空と、一人娘のひかりの日常だ。朝起きてから共に眠るまで、何でもない毎日の、ごく普通にそこにある幸せな瞬間がつぶさに描かれている。記念写真には残っていない、ちっぽけ過ぎて、日記にすら書かなかった瞬間が、すべて言葉にしてあるようだ。
兄との離婚後も美空とひかりをサポートし続ける、同性が好きな颯斗君をはじめ、頼りになるさっぱりしたママ友の三池さんなど、サブキャラの魅力も満載。特に私が好きなのは、美空の同僚である宮崎さん。ひかりが入院することになり、宮崎さんが美空に差し入れを打診する場面があるのだが、そのやり取りがたまらない。笑いながら涙が込み上げてくる。
最近ちょっと疲れている、幸せ不足を感じている方に是非読んでほしい。
小説/短編集

前田裕太
まえだ・ゆうた●1992年生まれ、神奈川県出身。芸人。高岸宏行とともにお笑いコンビ・ティモンディを結成。数々のバラエティ番組に出演し活躍。著書に『自意識のラストダンス』がある。
参考になる仕事論度 ★★★★★

ラジオ愛の詰まったビジネスエッセイ本
本作品はイベント『オードリーのオールナイトニッポンin東京ドーム』を指揮したラジオプロデューサーの石井玄さんが書いたエッセイである。
ラジオイベントを東京ドームでやるという異例の偉業とその裏側を綴ったものである本作。その中身は、色々な職業にも通ずるビジネス書でもある。
イベントを行う上での問題とその解決手段は、どの仕事でも参考になるものが多く、会社で意見を通したい時やバラバラのチームをまとめたい時など、様々な問題に対しての、石井さんの回答が書いてある。
特に組織をサッカーに例えてチームを作っていく説明をされていた部分は分かりやすく、早速自身も実践してみようと思った。
そしてラジオのイベントを成功させることだけではなく、石井さんのラジオ業界そのものを盛り上げる情熱が詰まっている。自分の仕事に対しても影響を受けること間違いなしの一冊だ。
エンタメ/ビジネス書
リアルな育児体験度 ★★★★★

愛おしい育児の日々が詰まった短編集
この作品は、芥川賞作家の滝口先生による最新刊の連作短編集である。
本作はいずれも「ももちゃん」という子供を育てている父親の視点を中心に書かれていて、まるでその場にいるような臨場感と現実味のある小説となっている。
また、読んでいると「ももちゃん」の成長を通じて、豊かな思考を私たちに与えてくれる作品である。特に「いつもどこか遠くからその日その日を眺めているひとがいて、そのひとに何事か語りかけながらその日々を過ごしているような感じ」と、子育ての実感を綴っていたのが印象に残った。
そして、子供の成長は、色々な人の出会いが階層的に重なっているものなのだと、温かい気持ちになりながら読み進めた。
その瞬間瞬間を大切に噛み締める、育児の大変さと実感に、独り身の私もいつか家庭を、とそう思う一冊であった。
文芸/小説

村井理子
むらい・りこ●1970年生まれ、静岡県出身。翻訳家、エッセイスト。著書に『村井さんちの生活』『兄の終い』『ある翻訳家の取り憑かれた日常』など。訳書としては『ゼロからトースターを作ってみた結果』『家がぐちゃぐちゃでいつも余裕がないあなたでも片づく方法』ほか。
花粉症の怖さがわかる度 ★★★★★

花粉症とはここまでツラいものなのか
私の自宅は山の麓にあり、花粉の季節になると青々とした山肌からパフパフとリズミカルに煙のような粉が大量に吐き出される様子が見える。ベランダの手すりにはたっぷりと黄色い粉がつく。花粉症の人にとっては想像するのも恐ろしい量の花粉が降りそそぐ地域に住む私は、実は花粉症ではない。しかし、周囲には花粉症の人が大変多い。花粉症である家族や友人の苦労を見るたびに、ツラそうだな、しかし私にはそのツラさがさっぱりわからんと思っていた。しかし本書を読んで花粉症を患う人に対する思いは変わった。本当にご苦労様です。どうぞお大事にしてください。そして、どうか、花粉の時期はゆっくりとなさって下さいとお願いしたい気持ちになってくる。
国内の花粉症患者は約6000万人だという。豪華な45名の著者による花粉エッセイは、読んでいて花粉症でない私も鼻がムズムズし、申し訳ないことに抱腹絶倒なのである。
ノンフィクション/エッセイ
テレビ業界の裏がわかる度 ★★★★★

テレビ業界の裏を知る著者のここだけの話
まえがきから驚かされる。ここ数か月世間を賑わせている某テレビ局プロデューサーの行った接待疑惑についての言及があるのだ。きっと、原稿をまとめる最終段階で追記したのだろうと思うが、そこから続く内容は非常に生々しい。1980年代、大阪の民放テレビ局に勤め始めたという著者のこれまでを振り返るエッセイだが、「生贄になったマネージャー」、「枕営業」といった刺激的なタイトルが並ぶ。実名で記される元芸能人、仮名となっているが誰かはすぐにわかる芸人もいる。枕営業に関しては、「ある」と言い切っている。神経をすり減らすような現場の数々に、メンタルが弱い人間には厳しい業界だという感想を持ったが、著者の正直な告白はテレビがエンタメの王者だった時代を目撃してきた私にとっては、妙な納得感があった。厳しい世界を生き抜いてきたからこそ、今現在の、一見穏やかな日常があるのではと感じた。正直、圧倒された。
文芸/エッセイ

渡辺祐真
わたなべ・すけざね●1992年生まれ、東京都出身。2021年から文筆家、書評家、書評系YouTuberとして活動。ラジオなどの各種メディア出演、トークイベント、書店でのブックフェアなども手掛ける。著書に『物語のカギ』がある。
締切を守ろうとは思える度 ★★★★★

前倒しと先延ばしから人間の在り方が見えてくる
締切や待ち合わせ時間を守るのが苦手だ。遅刻魔の僕にとって、このタイトルは天啓だった。締切は破るためにある!と、なじみの編集者さんに触れて回ることを決意した。ところがいざ読んでみれば、期待は裏切られた。
世の中には悪い前倒しがあると言う。例えば、他に急ぎの仕事があるのに、とりあえず手早く返せるメールに返信した経験はないだろうか。その理由は認知的負荷の軽減。どんな簡単なものでも、タスクをたくさんぶら下げておくのはそれだけで不快だ。だから人間は手軽に減らせるタスクは、優先順位を違えてでもさっさと処理してしまうらしい。そこでタイトルに戻ると、締切より早いレポートの中には、こういうやっつけ仕事が混ざっているということなのだ。なーんだ、全てがつまらないってわけじゃないんだ……。あ! 締切ギリギリで全力を出せるタイプもいるって書いてあった! 僕はそのタイプです!
新書/心理学
やっぱ先延ばしだと思える度 ★★★★★

タイパの時代に時間を徹底的に無駄遣いしてみよう
大きな声では言えないが、動画は1.5倍速で見ることが多い。仕事柄、速度まがいのこともする。仕方ないと言い聞かせているが、どこか後ろめたさがあった。本書には、それで失ったものがはっきりと書かれていた。
本書で提唱されているのはスロー・ルッキング。「対象をゆっくり見て、見えるものを丁寧に言語化していく」というプロセスのことで、アメリカの学校や博物館でも採用されているらしい。そんな複雑なことではない。しかしたったこれだけのことが、深い体験をもたらしてくれるのである。というのも、僕らが何かを見ているとき、思ったよりもちゃんと見られていない。パッと見て得られるのは、全体像や印象だけだ。じっくりと時間をかけて見ると、それだけ大きな喜びを得られる。僕も実践してみたが、歯痒いことにその結果を伝えるのは無理だ。だから騙されたと思って30分、何かを見てほしい。最高の贅沢ができる。
人文/科学