俺たちは雰囲気で/絶望ライン工 独身獄中記㊿

暮らし

公開日:2025/8/6

ぜんぜんわからない。俺たちは雰囲気で株をやっている——
最近個人投資家デビューをした。
これから株で大儲けし、スーパー大金持ちになって資産目当ての港区女子と結婚するためである。
つまり投資は婚活である。
投資といってもやっているのは積立NISAとiDeCoであり、ミニマムベットでケチケチ張っているだけだったりする。

どれくらい儲かるのかウキウキでチェックするが、NISAは+1.6%、iDeCoは-27%と絶望的な数字を叩き出し、血の涙を流し苦しんでいる。
これなら3連単ボックスで舟券を買ったほうがまだ配当がつく。
そもそもNISAもiDeCoも結局何なのかわかっていないし、1ドル150円から200円に高くなっているのに「円安」と呼ぶのも理解できない。
ぜんぜんわからない。俺たちは雰囲気で株をやっている。

雰囲気と云えば、私は大きな音で愉快に踊りながら酒を飲める店の雰囲気を好む。
店内は薄暗く、拍子に合わせて男女が踊り、手を叩いてぎゃあぎゃあと騒ぐ。
それはディスコとか、クラブとか呼ぶらしいが、実に楽しい場所である。

クラブで酒を注文すると、若い店員はすこぶる不機嫌な顔をする。
舌打ちしながらビールを注ぎ、これでもかとグラスをテーブルに叩きつける。
何も言わず手の指で「8」を作って見せてきやがる。800円らしい。
なんと態度の悪い店員だ、食べログでボロクソに書いてやるぞと意気込むが、やはりクラブ店員はこうでなくちゃあならない。
その場の雰囲気に合わせ、態度が悪いことも含めて仕事である。

もし店員の愛想がよいクラブがあったらどうか。
バーカウンターに越しに
「るあっしゃいあせご注文お伺いいタぁしゃす!」
ニコニコと笑いながらやたら通る声で注文を聞いてくる。
ビールを頼むと
「ハイ生ひとついだだきあした よ・ろ・こ・ん・で!」
「生はいりまァァァす よ・ろ・こ・ん・で!」
奥の店員まで復唱している。大変に鬱陶しい。
「ビールご注文のお客様ぁご一緒にから揚げいかがでしょ今なら揚げたてご用意できまぁす」
大丈夫ですと固辞する。大変に鬱陶しい。
「ハイこちら生ビールになりまぁす お会計800円ですポイントカードお持ちでしょうか!」
いやもっていません。鬱陶しいな。
「引き続きお楽しみくだぁあいごゥ来店うぁがットゥごぁぁっしたァ!」
「うわぁりあっさまりゅおうタァァ!」
せっかくの雰囲気がぶち壊しである。ここは大衆酒場ではないのだ。
それにしても奥で復唱している奴、奄美出身かもしれない。

接客業はニコニコと愛想をふりまき、元気が良いのをよしとするが、何時でも何処でもそれが正解というわけではなさそうだ。
最善の選択が最良の結果を生むとは限らない。
時と所と場合、TPOに合わせ価値観は常に変動する。
私のNISAのように。とてもつらい。

物事にはTPOに合わせた立ち振る舞いがある。
クラブ店員の接客態度は悪くあるべきだし、大衆酒場は元気に、寿司屋は無口に。
ラーメン二郎の店内には張り詰めた緊張感が必要だし、オシャレな喫茶店の有線でスカバンドはかからない。
マンション営業は不誠実で胡散臭く。タバコ屋のオバちゃんはお節介に。
婚活女性はいつも高飛車でいて欲しい。年収が低い男性を一生小馬鹿にするべきだ。
関西弁で優しいコメントを書かないで欲しい。ネチネチとお金のことばかり書いてや。

そしてNISAもiDeCoも上がってや。

<第51回に続く>

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絶望ライン工(ぜつぼうらいんこう)
42歳独身男性。工場勤務をしながら日々の有様を配信する。柴犬と暮らす。