本の世界へ遊びに行ける古書店「ミチカケ」。店へ訪れたお客たちの心に不思議な変化が…【書評】
公開日:2025/8/30

本好きにとって、古本屋は特別な場所だ。思いがけない出会いや、忘れていた思い出を呼び起こすような1冊が、棚の隅でひっそりと待っている。
『古書店ミチカケ 心晴れぬ日はいまを忘れてひとやすみ』(かんさび/KADOKAWA)は、そんな古書店を舞台にした少し不思議で心温まる物語。現実から少し離れて深呼吸したい人に届けたい作品だ。
ある町の片隅に佇む、ミチカケという名の小さな古書店。店主のサクは、本の世界へ遊びに行ける不思議な力の持ち主だ。現実の喧騒から離れたいサクは、その力を使って本の世界と現実を行き来していた。
そんな店主のいる古書店を訪れるのは、さまざまな悩みを抱えるお客さんだ。疲れきった人・なにかに行き詰まった人・現実から逃げたい人…そんな人たちが本の世界で過ごすうち、少しずつ自分を見つめ直していく。
例えば、仕事に追われ心身ともに疲れはてていたサラリーマン。彼は子どものころに読んだ絵本の世界で自分を見つめ直す。SNSで他人と比べてしまい思い悩んでいた料理好きな女性は、レシピ本の世界に入り「料理する喜び」を再確認する。
登場人物の背景を通して、本によって心を救われる過程が丁寧に描かれていくのだ。
本を読み、その世界で過ごす時間は、単なる現実逃避ではない。物語に没入することで、日常では見過ごしてしまう感情や記憶にふと気づくことがある。ミチカケを訪れる人々も、物語の世界を旅しながら、忘れていた自分の一面や、心の奥にしまい込んでいた思いを再発見していく。本の世界が、凝り固まった心を静かに解きほぐしてくれるのだ。
ページを閉じたあと、ふと自分自身の大切な本のことを考えてしまう。思い出の絵本や心の支えだった小説……誰の本棚にも、そんな1冊があるのではないだろうか。
本作は、そんな忘れていた思い出をそっと掘り起こし、さらに新しい本との出会いへ向けて背中を押してくれる。本をまた好きになれる、そんな優しくて温かな物語だ。
文=ネゴト / fumi