『アオアシ』最後のゴールを決める選手はずっと前から決まっていた。編集者とのバトルで生まれた“予定外の展開”【小林有吾×担当編集 今野真吾インタビュー 前編】
公開日:2025/8/29
サッカーの醍醐味は「ボールをゴールにどうやって入れるか」
ーー今野さんは『アオアシ』の担当になるまでサッカーのことはあまり詳しくなかったとお聞きしました。本作はそれこそサッカーに詳しくない読者にも広く読まれていますが、ご自身の素人的な目線が活きたと思うことはありましたか?
今野:サッカー玄人しか楽しめない漫画にはしないほうがいい、という目線はもちろん持っていました。ただ、『アオアシ』を担当するにあたってサッカーのことがよくわからないというのは、致命的なハンデじゃないですか。そもそも打ち合わせにもならないので、そこはがんばって勉強した記憶があります。
ーー小林先生も「サッカー漫画である前に、まず漫画として面白くなければいけない」と過去のインタビューでお話しされていましたよね。
小林:僕自身、サッカーはものすごく好きなんですが、あまりサッカーに詳しくない人が試合を見て楽しめるのと同じような感覚を持っていると思っていて。つまり、ゴールが入った瞬間、勝った瞬間、負けた瞬間。そこに人間の全身全霊の感情が出ると思っているんです。一方で、サッカーの戦術にはほとんど興味がない。今でもそんなにわかってないです(笑)。
ーーええ、そうなんですか?戦術がめちゃくちゃ好きなのかと思っていました。
小林:もちろん『アオアシ』をやるうえでたくさん勉強したので、それなりに興味はあります。でもサッカーの醍醐味って、個人的には「ボールをゴールにどうやって入れるか」だと思うんです。それにまつわる選手の動き。それによって訪れる人間の感情の揺れ幅。これがもう世界一すごいスポーツだと僕は思っています。
ーー『アオアシ』は戦術や選手の思考を描きつつ、ゴールの気持ちよさみたいなものを一番大切にされていた。
小林:そうですね。僕がもう少しサッカーに詳しくて戦術にものすごく興味があったら、『アオアシ』はもっと堅苦しい漫画になっていたような気がします。
ーー今野さんは「プレー中の感情の動き」を描いたシーンでなにか印象的なものはありますか?
今野:ゴールじゃなくてパスなんですけども…『アオアシ』が作品として最初にギアが大きく入ったのは、成京高校戦のトライアングルでパスがつながったシーンだと思っていて。葦人のパスがつながったとき、本人はゾクッとして、同じタイミングで読者もゾクッとするんです。「パスがつながって気持ちいい」って、それだけのことをこんなに面白く、かっこよく描いていただけるなんて…!と思った記憶があります。
小林:確かに、あのシーンは描いていて気持ちよかったです。それまで長い間、葦人はしんどい思いをしてきて、ようやく実を結んだので。現実でサッカーの試合を見ていても、芸術的なパスのカタルシスってすごいんですよ。それを漫画でも表現したくて描いたシーンでした。

40巻410話。一度もダレることなく終わった
ーー昨年12月、「11巻の時点で戦う相手は全て決まっていた」というコメントを出されました。先ほど今野さんとのバトルの末に追加されたエピソードもあったとお話しされていましたが、想定から大きく変わったことはありましたか?
小林:思ったより長くかかったことですかね。予定では30巻ぐらいでたどり着けるのではないかなと思ったのですが、実際はそれより10巻長くなりました。ひとりひとり愛されるキャラクターが増える中で、より丁寧に描くことを読者から求められてた気がしたんです。それで話が進めば進むほど、各キャラクターのバックボーンをすごく丁寧に描きました。

ーー例えば船橋学園のトリポネ、青森星蘭の選手たちは、バックボーンや置かれた過酷な環境を描かないと、その魅力はあまり伝わらないのかなと思いました。
小林:そのとおりだと思います。もしバックボーンを描かず「こいつらは強いのだ」という風に登場してきたとしても、伝わらなかったでしょうね。トリポネが差別を受けて、仲間たちがそれを助けてくれたという背景がなければ、彼らに勝ったときのカタルシスはなかったはずです。
ーー全40巻となったことについて、今野さんはいかがですか?編集として「ヒット作は長く続いてほしい」という思いなどはあったのでしょうか?
今野:僕個人で言うと「青森星蘭の蓮をもう少し見たいな」なんて思うことは度々ありました。でも、それって一番いい状態な気がするんですよね。余白があって読者もいろいろ想像もできますし。そう思うとベストバランスで、40巻410話、一度もダレることなく終わった希有な作品なのではないかと、編集の立場としては思っています。