『嘘喰い』・『バトゥーキ』の迫稔雄最新作! 利用され選手生命を絶たれた元プロボクサーが、プロモーターとなり業界の闇に殴り込みをかける!『げにかすり』【書評】
PR 公開日:2025/9/19

ギャンブル漫画『嘘喰い』や、格闘技漫画『バトゥーキ』(どちらも集英社)の作者・迫稔雄氏の新作コミック『げにかすり』(集英社)は、ボクシング業界の裏側を生き抜く男たちの物語だ。
「げにかすり」とは「人形使い」という隠語である。「げに」が「人形」、「かする」が「掠め取る」という言葉を指す。つまり「人形が稼いだ金を人間が掠め取る」という構図を言い表した言葉とされている。それをボクシングに当てはめると、人形にあたるのがボクサー、人形使いがプロモーターやボクシングジムの人間たちだ。
本作の主人公は元プロボクサーの針磨梁。彼は金儲けのために自分を利用してきた「げにかすり」たちへの復讐と、人生を再起するために、プロモーターとなって業界に殴り込みをかける。
昏睡状態から生還した元ボクサーが次に目指すものは?
プロボクサー・針磨梁がタイトルマッチに挑戦した。その試合のダメージで針磨は昏睡状態となり2年の月日が流れる。目覚めた彼を待っていたのは、選手生命の終了通告に加え、ボクサー生活を支えてくれていた父親の死、そして所属ジムの会長・四田による裏切りという残酷すぎる現実であった。
針磨は昏睡に至る直前、心に誓っていた。目が覚めたら、ボクサーを好き勝手に操る、ボクシングを食い物にするクソヤロー共を逆に自分の掌で操り人形のように動かし、破滅させるのだと。
針磨は、ボクサー時代に籍を置いた四田ジムでプロモーターになると決意する。だがジムにはすでにボクサーはいなかった。そもそもジムは会長・四田のギャンブル狂いもあって廃業寸前だったのだ。
そんな針磨はボクサー・華火時貞と契約する。華火はアマチュアボクサーとして世界大会銀メダリストという輝かしい実績をもっていたが、表彰式中に国旗を燃やすという暴挙を見せたため契約するジムがない状態だった。そんな華火に足元を見られながら彼の才能を見出して何とか契約にこぎつけた針磨は、金策に走り、マッチメイクをし、華火をデビューさせることに成功する――。
何もかもを失った男の狂気的な復讐劇がこうして幕を開けた。
規格外の選手との契約で見えた道に光は差すか
コミックス第2巻では、華火の初戦が終わった場面から物語が幕を開ける。試合後に華火は「俺は命を懸ける、文句があるボクサーは俺を殺しにくればいい」とコメント。さらにその直後、衆人環視のリング上に銃弾が打ち込まれるという度肝を抜かれる展開に。はたしてこれはただの過激なパフォーマンスなのか、それとも何かが裏で動いているのか。序盤では華火という男の輪郭がほとんど語られないまま、物語は進んでいく。
針磨は、華火の初戦を組むために借りた金を、グレーな金貸し・タイラー原に返そうとする。しかし、耳を揃えて差し出した金をタイラーは受け取らない。なぜなら、針磨たちがこれから大金を生むと読んだからである。どこか謎めいた余裕と腹黒さを見せるタイラーの存在はストーリーに緊張感を与える存在だ。「ミーハー心に火が付いた 謎のボクサー華火の今後が知りたい」とうそぶくタイラーに、針磨はプロデビュー2戦目の華火をいきなりタイトル戦へ挑ませるつもりだと明かす。確かにメダリストという実績をもつ華火ならば不可能ではない。
ここで、針磨の狂気を感じさせる強烈な思いが浮かび上がる。金を生み出す人形としかボクサーを見ていないプロモーターたちのいるボクシング界への復讐だ。もともと人形だった男は「一番になるって思いを成し遂げたい、げにかすり共からかすめ獲ってね」と心を燃やすのだ。
針磨は次なる相手として、強打を誇る八馬巧人との対戦を画策する。果たして、げにかすり共の謀略を搔い潜り、マッチアップを実現できるのか──。
プロモーターたち、作中のボクシング業界の悪習、そして金に群がる人間たち……。リング外で起きる駆け引きと激しい戦いを、驚異的な画力で突き付けてくる本作。読み始めれば間違いなく圧倒されることだろう。
そして「溌溂(はつらつ)」という言葉も本作のキーワードになる。一般的には爽やかなイメージを持つが、作中では生命力の高さや揺るぎない意志、そして成し遂げようとする強靱な心を表している。火傷しそうなほど熱く、狂気を帯びたこの「溌溂」は、読み手に興奮と、ヒリヒリとした緊張感をもたらす。
文=古林恭