「野球ばか」に片想い。高校野球部を舞台に、失恋から始まる爽やかな三角関係【書評】
公開日:2025/9/5

林シホ氏の初連載作『春の夢を走る君へ』第1巻(白泉社)が花とゆめコミックススペシャルから発売された。野球を軸にした、高校生たちのちょっと切ない青春ストーリーだ。
主人公である夏八木愛生(なつやぎ めい)は、シニアリーグで一緒に野球をやっていた一学年上の真澄が好きだが、その想いは届かないものとして、断ち切ろうとしている。

高校では、真澄とも野球とも距離を置いて過ごそうと決めていた愛生。しかし、野球部員として活躍している真澄は、愛生をなかば強引にマネージャーに誘う。愛生は、悩みながらもう一度「好き」と向き合っていく。
愛生に「野球ばか」と評されるほど野球に打ち込んでいる真澄。彼にとって愛生の存在は「仲間」であり、それ以上でも以下でもない。それを痛いほど分かっているからこそ、愛生は浮ついた恋愛感情を部活に持ち込むべきではない、とストイックに自分を律し、マネージャーを全うしようとする。しかし、愛生の気持ちに全く気付かず、チームメイト時代と変わらない距離感で接してくる真澄に、平静でいられなくなることも……。


一方通行の片思いが続くかと思われたが、愛生を中学時代から知っている部員の柴 源彦(しば もとひこ)が、距離を縮めてくる。源彦は、愛生が部内で真澄との関係を疑われたり、真澄の無自覚な言動に傷つけられたりする場面で、さりげなくフォローし、時には真澄の「野球ばか」ぶりを愛生と共有する仲間になってくれる。

源彦は真澄とは違い、人の感情に敏感なタイプだ。愛生も、源彦には真澄に見せない本音を吐露することもある。ふたりの親しさを真澄が気にする様子も見せ、三角関係が形成されていくが、重苦しさはなく、お互いに優れた部員として尊重しあう爽やかで尊い関係だ。
失恋から始まっているストーリーなので、ビターな味わいもあるが、彼らが繰り広げる恋愛模様には胸キュンもたくさんある。真澄の野球に対するブレない姿勢は、愛生が心惹かれるのも納得できるし、源彦の愛生の気持ちを汲む優しさも報われてほしい。しかし、ふたたびマネージャーとして野球と真澄にかかわった愛生は、「野球が好き」「真澄を近くで見ていたい」との熱情を取り戻したことで、恋愛の行く末とは別に、すでに自力で立てている。

恋愛がエネルギーになるのが少女まんがの王道、とよくいわれるが、失恋もまた、複雑な感情と向き合いながら、自分にふさわしい居場所を切りひらくエネルギーになりうる。愛生の奮闘には深く共感できそうだ。
文=和智永妙