記憶喪失のモデルの前に、2人の自称“恋人”。ミステリアスな要素も楽しめる、三角関係BL【書評】
公開日:2025/9/9

華やかなスポットライトを浴びてきた人気モデルのレイスこと、怜。しかし、突然の事故で記憶を失ってしまう。そんな彼の前に“恋人”と自称する男が二人、現れる。大学生の黒田と写真家の堂島だ。記憶を失う前の自分は、どちらを愛していたのか。そもそも彼らと恋人関係にあったということすら、事実なのか――?
記憶喪失というドラマティックな設定を踏まえ、“愛の輪郭”を問うミステリアスなBLドラマ、『瞳の中の僕を知らない』(イズミ ハルカ/白泉社)。
人は、大切な相手とのどんな部分に愛を感じるのだろう? これまで一緒に積み重ねてきた時間か。それとも、今この時の感情か。そして自分が変わったら(それこそ怜のように記憶を失いでもしたら)、愛の感情も変質するのだろうか。この作品は読む側に、そんな問いを投げかける。
記憶を失った怜は、マネジャーはじめ周囲から「別人みたい」と言われてしまう。ふてぶてしいほど堂々として、人の目を惹くオーラを放っていたレイス。だけど今の自分には、そんな魅力は備わっていない。もどかしさを募らせる怜を包み込むのが、大学生の黒田だ。


「怜さんらしくないですね」
醒めた言葉を投げつつも、レイスではなくなってしまった怜自身に熱い想いをぶつけてくる彼に、怜は心をゆさぶられる。しかしその矢先に、もう一人の“自称・恋人”が登場。それは怜を長年に亘って撮り続けてきた写真家の堂島だった。


モデルとしての駆けだし時代から自分を知っている堂島と、偶然の出会いから深い関係となった黒田。堂島に対しては、リードされる側。黒田に対しては、自分が振りまわす側。二人との交流を通して、怜はかつての自分自身を知り、困惑する。
どうやらレイスは彼らに対し、異なる顔を見せていたようだ。自分(レイス)が本当に愛していたのは、黒田と堂島のどちらなのか? という疑問に加え、二つの顔を使い分けていた自分はいったい何者なのか? という問いも浮かんでくる。


怜は二人の間で惑いながら、記憶を失ってしまう以前の自分を取り戻そうとする。現在の自分とは正反対の、自信に充ちて光り輝いていたレイスを。しかし、レイスではない素の怜の自然な笑顔やひたむきさに、黒田は改めて惹かれはじめる。一方の堂島も、自分が見いだした頃の怜を思いだし、愛が再燃する……。
1巻では怜目線で展開されてきた物語が、このほど発売された第2巻では、黒田と堂島の目線から語られ直す。彼らはそれぞれ、どのように怜と出会ったのか。そして怜はどのような過程を経て、レイスとなったのか。怜が黒田と堂島に見せていない顔があったように、彼らもまた怜には明かしていない感情や本音がある(それを知ることができるのは読者の特権だ!)。
BLで三角関係を扱ったものは珍しくない。しかし、“記憶を失った青年が愛を再定義する物語”として、この設定が本作ではとても効果的に使われている。
そうして私たち読者は、怜とともに愛の記憶と現在の感情の狭間をさまよう。自分の過去を知らない黒田と、知る堂島。怜はどちらの愛を選ぶのか――その選択は、「過去に縛られるのか」「今の自分を生きるのか」という問いとも直結している。
文=皆川ちか