宝くじで10億円が当たったらどうしよう? 平凡な日常のなか、妄想大好き主婦が脳内で繰り広げるユーモアたっぷりの思考実験【書評】
公開日:2025/9/26

誰もが一度は「もし宝くじが当たったら」など途方もない空想を膨らませたことはあるだろう。現実のことは脇に置いておいて、ありえない場面を自由に思い描くだけで、少し気持ちが楽になったり、心がほぐれたりすることがある。『小川千雪の妄想録』(ニシハラハコ/KADOKAWA)は、そんな「妄想」を唯一の楽しみにしている主婦の日常を描いたマンガだ。
主人公・小川千雪は、パートタイマーとして働く36歳のごく平凡な主婦。彼女には、ひそかに楽しんでいる特別な習慣があった。それは、家事を片づけて出勤するまでのわずか15分のあいだ、脳内でとりとめのない妄想を繰り広げること。
「もし10億円が当たったら?」「もし正社員だったら?」「歯医者に通いたくなるような付加価値って何だろう?」……。答えの出ない問いの数々に対し、ありとあらゆる回答を気の赴くままに思い浮かべるひとときは、千雪の心を癒やし、視野を少しだけ広げてくれる。千雪にとって毎日の妄想タイムは、日常を自分らしく生きていくために欠かせない大切な時間なのだ。
本作の見どころは千雪が巡らせる妄想に潜むユーモアの奥深さにある。興味深いのは、千雪の妄想が単なる空想の遊びにとどまらず、彼女の内面を映し出す鏡のような役割を果たしている点だ。
例えば宝くじ当せんを想像する場面では、富そのものではなく、家族との関係や生活の形を考える。「10億円が当たったら、夫と娘には伝えるべきか」「引っ越すならどこにするべきか」「今後の生活はどう変わっていくのか」。具体的な生活の変化を想像する中で、千雪は無意識のうちに家族との関係や、自分がどのように暮らしたいのかといった根源的な考えを掘り下げているのだ。
空想は、日常の中で曖昧になりがちな信念や価値観を確かめ直し、自己理解を深めるひとつの手段であるのかもしれない。自分の中に広がる思考の自由さというものを実感させてくれる作品だ。