作者たちも、心にギャルを飼っている。YouTubeコンテンツを『しれっとすげぇこと言ってるギャル。―私立パラの丸高校の日常―』へコミカライズした時の作者2人が感じた化学反応とは?【松浦太一×おつじ 対談インタビュー】
公開日:2025/9/19

「一昨日さ~シュレディンガーの猫助けた」
異能力を持つギャル高校生が、何気なく強烈な一言を放つ。登録者数・約100万人(2025/9/19現在)のYouTubeの人気チャンネル『私立パラの丸高校』(以下、『パラ高』)から生まれた漫画『しれっとすげぇこと言ってるギャル。―私立パラの丸高校の日常―』(松浦太一(Plott):原作、おつじ:作画/集英社)(以下、『しれギャル』)は、いま注目を集めている“異能力×学園コメディ”だ。特殊な能力を持つ高校生たちの笑える日常を描く本作。漫画ならではの表現でキャラや世界観の魅力を掘り下げており、原作動画のファンからも支持を得ている。今回、最新4巻の発売を記念し、シナリオを手がける松浦太一氏と作画のおつじ氏の2人に、制作の裏側や最新巻の見どころを伺った。
■漫画と動画では作るときの意識が違う
――原作となった『パラ高』では、「異能力を持っているけれど、うまく使えていない高校生たち」が描かれます。そうしたキャラクター設定や、「ギャル」という要素を取り入れた理由を教えてください。
松浦太一氏(以下、松浦):異能力という設定を添えたのは、それぞれの性格や個性をよりわかりやすく表現できると思ったからです。パラ高において異能力は「身長が高い」とか「コミュ力が低い」とか、いわゆる一般的な個性と並列の位置になるように描いています。そのうえで「じゃあ誰が最強の能力を持っていたら面白いか」を考えたときに出てきたのが、ギャルでした。

――おつじさんは漫画化のオファーを受けたとき、原作動画のどのような部分に魅力を感じましたか?
おつじ氏(以下、おつじ):異能力が本人に必ずしも良い影響を与えているわけではない、という設定が面白いなと思いました。でも本人たちは深刻に捉えずに、友達同士、能力に対して軽いスタンスで接している。その空気感がとても良いんですよね。もともと『パラ高』のファンだったので、視聴していたときから「継続して観たくなる魅力」があると感じていました。
――作画のオファーが来た際は、とても驚かれたのでは?
おつじ:お話をいただいたときは「推しコンテンツから声がかかった!?」とすごく嬉しかったです。ただ、スケジュールの都合で一度はお断りのメールを返してしまって……。でも30分後に、「やっぱりやらせていただきたいです!」と返信したという裏話があります。
――30分の間にかなり悩まれたんですね。
おつじ:そうなんですよ。メールを返した直後から、「絶対にやったほうがよかったよな……絶対に楽しい仕事だよな」と後悔して。それで思い直し、お受けすることにしました。
――『しれギャル』は「ギャルがしれっとすごいことを言う」という独特のコンセプトですが、漫画化で世界観やキャラの魅力がどう広がったと感じていますか?
松浦:「すごいこと」の深みや広がりが増したと感じています。漫画化のきっかけとなった動画では、未来視の能力を持つギャルの「みらい」こと見里未来と、平行世界を移動できる「へー子」こと平翔子の2人が淡々と会話を重ね、最後にしれっとすごいことを言う……そんな流れでした。漫画では会話の流れに「フリ」や「タメ」を置きやすくなり、表現の幅が広がったと思います。

おつじ:連載開始時の動画は会話劇が多く、たとえば未来視で見た先のイメージや、へー子が移動した平行世界の様子も、セリフから想像するしかありませんでした。漫画ではそうした部分を絵で表現できるので、キャラクターや世界観の魅力をより解像度高く伝えられるようになったと思います。動画と違って声がない分、キャラも表情豊かに描くようにしています。とくに連載初期は、「声がない代わりに感情をどう伝えるか」をすごく意識していたので、主人公・光のリアクションも大きめに描いていましたね。

――シナリオは毎回、漫画のために書き下ろしていると伺いました。シナリオ制作においてとくに意識していることを教えてください。
松浦:漫画と動画では、受け手の集中力がまったく違うと感じています。動画は食事中や入浴中など「ながら視聴」されることも多いため、聞き流しても楽しめるくらいのライトさが必要です。一方で漫画は、多くの人が1対1で向き合って読んでくれる。その読者の姿勢に応えるために、「しっかり読むとより面白さが伝わる」という深みを意識してシナリオを作っています。
■シナリオを絵に起こすときの、おつじ先生への信頼感
――読者が「思わず二度見するセリフ」を生むために工夫していることはありますか?
松浦:「二度見するセリフ」は、かなり意識している部分です。日常の中でつい目がいってしまう光景ってありますよね。たとえばファストフード店でギャルの女子高生が喋っていたり、街中で地雷系の子が地べたに座って話していたら、「何を話しているんだろう?」って気になりませんか。そういう状況を作ったうえで、彼女たちが絶対に言いそうにない「トロッコ問題解決した」みたいな言葉を置く。二度興味を引けるようなセリフを作れるように心がけています。

――ちなみに、ギャルネタや若者ネタは、どうやって流行りをキャッチしているのでしょうか?
松浦:3年くらい前までは、自分自身が若かったこともあって、これまで接してきた人との“貯金”からネタを引き出していました。でも最近は、自分にはまったくわからないワードが若い子たちの間で飛び交っていて……。なので、なるべくX(旧Twitter)をチェックしたり、TikTokで若者が若者にインタビューしている動画などを観るようにしたりしています。“貯金”は減るばかりです(笑)。
――おつじさんは「しれっとすごいことを言う」感覚を漫画で表現するうえで、コマの間やセリフの置き方など、とくに工夫されている点はありますか?
おつじ:漫画の描き方みたいな話になってしまって、少し恥ずかしいですが……。めくりを意識して、見開きの右ページ1コマ目に「しれっとすごいことを言う」シーンを配置するようにしています。その前のページでは、聞き手である光やその回のツッコミ役を引きの絵で入れておき、読者に「ギャルは何を言うのか」「光はどう反応するのか」と期待を高めてもらう。ページをめくる手が自然に進むような、漫画の基本的な作り方を取り入れています。
――シナリオを受け取ったとき、「このセリフはどう表現しよう?」と悩むことはありますか?
おつじ:松浦さんからシナリオをいただく際に、かなり詳細にイメージを共有していただいているので、ネームを作るうえで悩むことはほとんどないですね。仮に悩んでも、いったん描いてみて「ここはどうしますか?」と青ペンでメモを入れるくらい。シナリオ自体が面白いので、「これを絵に描き起こそう」という気持ちで毎回取り組んでいます。
――松浦先生のシナリオと、おつじ先生の作画が合わさる過程で、「意外な化学反応」が起きたエピソードはありますか?
松浦:感情を動かすような“エモい回”では、シナリオを書いた段階では「どう仕上がるのか未知数だよね」と、担当編集の杉山さんといつも話しています。それが、おつじさんの手で原稿になると、一気に化学反応が起きる。表情などシナリオには書いていなかった部分を膨らませてくれるので、「絵だけで伝わるから、このセリフはいらないな」と思うことも多いんです。最近では、あえて情報を少なめに渡して「おつじさんの解釈で膨らませてもらおう」と期待するようになりました。
おつじ:コミックスの最後には、その巻の目玉になるようなエピソードが入っています。たとえば1巻は光とギャル2人が初めて絡む話、2巻は未来とへー子の初めての喧嘩、3巻は未来と祖母の少し感動的な話。やっぱりそういう回のときにこそ、化学反応が起きやすいと感じています。とくに3巻の祖母とのエピソードは、シナリオを読んで「みらいって泣くんだ」と驚いた回でもありました。何事にも動じない強いギャルという印象だったので。キャラの新しい一面が見えた瞬間ですね。だからみらいの涙は大ゴマで、カラーで読者に見せたいなと思い、そこだけカラーページになるよう提案させていただきました。

松浦:自分も、その話を書くまではみらいは泣かない子だろうと思っていましたが……さすがに泣きました(笑)。「キャラの新しい一面を見せる」という意味では、どの巻でもキャラ同士の関係性が進展した瞬間に、手ごたえを感じています。3巻のみらいの話でも、光が関わることで2人の信頼度に変化が生まれる。ただのクラスメイトから友人になり、距離が近くなっていく過程を、連載を通してエモく描けているなぁと思っています。
――各巻に目玉エピソードがありますが、最新4巻では“茶道部バトル”が大きな見どころになりそうです。
松浦:最新刊の茶道部のエピソードは、バトル要素を強く取り入れています。『しれギャル』らしいコメディ感を失わず、それでいて少年漫画のような読み味を出す狙いがありました。その点では、おつじさんの漫画表現にすごく助けていただきましたね。アクション的な展開は、画力や表現力がないと成り立たない部分が多い。でも、「おつじさんなら描ける」という信頼があったからこそ実現できました。
おつじ:私と松浦さんが“履修”してきたバトル漫画が似ていたことも、良い方向に働いたのかもしれません。お互い『HUNTER×HUNTER』など有名な少年漫画を読んで育ってきたので、「バトル展開といえばこうだよね」という勘所が通じ合っていたんです。
松浦:バトル中の周囲のリアクションや、「あの子…強い…!」といったセリフなどは、じつはシナリオには書いていなかった部分です。おつじさんがオリジナルで加えてくださったおかげで、より少年漫画らしいテンポ感や厚みが出たと感じています。僕としては「これは茶道をやっているんだ」と意識して書いたので、読者の皆さんには「そんなわけないだろ!」とツッコミを入れつつ楽しんでほしいですね。
おつじ:私も一コマ一コマ「これ何の漫画だったっけ?」と感じてもらえたら、大成功だと思っています。煽り文も本気のバトル漫画のように仕上がっているので(笑)。
――最後に読者に向けてメッセージをお願いします。
松浦:『しれギャル』で今後やりたいことはたくさんあります。今は動画も漫画もそれぞれ独自の魅力が育ってきて、開花しつつある状態です。なので、この2つをうまく絡められれば、もっと面白くなるはずだと確信しています。僕は最近SNSで流行っていた「平成1桁ガチ世代」なんですが(笑)、心にギャルを飼って頑張っていきたいです。そんな男が必死にやっているんだな、と楽しんで読んでもらえたら嬉しいです。
おつじ:松浦さんが今後の展開や構想を常に画策されているので、面白さに関してはバッチリ保証されています。私自身、最初に作品を読む“読者”のような立場でもあるので、毎回「今回はどうなるんだろう」とワクワクしています。『しれギャル』がどこに向かっていくのかを、皆さんも一緒に見届けてほしいです。
取材・文=倉本菜生