地球を救ってくれた恩人の宇宙人を殺して食べる…歪んで見える世界に歯向かう少女と青年の狂気の行く末は?『ドラマクイン』【書評】
PR 公開日:2025/10/27

巨大隕石の接近で地球が滅ぶと思われた時、宇宙人が現れてその危機を救った。それから宇宙人たちは地球に住みついて人間と共生し、9年が経った。『ドラマクイン』(市川苦楽/集英社)はそんな世界を舞台に、恩人であるはずの宇宙人を根絶しようと画策するふたりの人間の物語だ。
宇宙人が経営する工場で働く17歳少女・ノマモトと、彼女の同僚の青年・北見青嵐(きたみせいらん)が主人公で、ふたりは「宇宙人は消えてほしい」という共通の願いを持っていた。
宇宙人を殺して食べて消す! 狂気のバディ爆誕
地球を救ってくれた宇宙人に対して地球人は友好的だが、社会は宇宙人の方が上流階級のようになってしまっていた。だからノマモトは雇い主である宇宙人の社長に(宇宙語で言っているから意味は不明だが)罵倒され、暴力を受け、かなりの低賃金でこき使われていた。そんなある日、ノマモトは宇宙人に家族を殺されたという北見と出会う。彼によると家族の死について警察はまともな捜査をせず、犯人は捕まっていないとか。
英雄視している地球人に対して、傍若無人にふるまう宇宙人に違和感を持っていたノマモトは、北見と宇宙人に対する嫌悪感を共有する。
それから間もなくしてとんでもないことが起こる。北見が思わず宇宙人を殺してしまい、その死体とともにノマモトの住む部屋へやって来たのだ。切羽詰まった状況で、ノマモトはかねてから考えていたことを行動に移す。それは宇宙人を食べることだった……。
「美味しい」
彼女は割と簡単に1体分の宇宙人を食べきってしまう。そこでふたりは、この街にいる宇宙人を殺し、食べ、消していくことを決める。北見は復讐のために、ノマモトは腹いっぱい食べるために。そしてあっという間に2ケタの宇宙人が街から姿を消した――。
文字にするとかなり衝撃的な内容だが、宇宙人のデザインや殺害描写が工夫されているので不思議と不快感はない。それよりも気になる部分がいくつかある。
まず宇宙人が人間にマウントを取っているような社会構造だ。宇宙人との共生が進行しつつ、地球人との格差が発生している世界はノマモトではなくても違和感がある。なんとなく、現実社会の格差や差別を描き出しているようでもある。
そして、ノマモトと北見が考えている「宇宙人に支配されている」論だ。確かに格差のある社会構造は違和感があるものの、ノマモトと北見以外は宇宙人を受け入れているため、はっきりした証拠はない。貧困と搾取から抜け出せないノマモトと、家族を奪われた北見の勝手な思い込みの可能性があるのだ。
ふたりは地球人にとって正義の始末人なのか、それとも単に妄想を信じて踊る狂気の宇宙人食いテロリストなのだろうか?
バレてしまった宇宙人殺し。危機を迎える北見の葛藤を描く第3巻
宇宙人を根絶したいノマモトと北見。第3巻では、北見は宇宙人を消して回る日々のなか、妹の命日に墓参りに行き妹のクラスメイトだった由佳と会う。彼女は今アイドルをやっていて、ファンのほとんどは宇宙人であった。そんな彼女とノマモトと北見は宇宙人を殺して食べる現場ではち合わせしてしまう。
宇宙人に対してふたりと正反対の感情を持っている由佳。ライブの前日にファミレスで北見と対峙し、北見は妹が宇宙人に殺されたことを伝える。それを聞いた彼女が取った行動は……。
ライブ当日の二転三転する展開も大きな見どころだが、まっすぐな復讐心で動いていた北見の葛藤も描かれる。最初は「宇宙人を人と認めていない」と宣言していた彼だが、宇宙人の中にも良い奴がいて、人間と同じように由佳を応援しているファンがいることに気がつく。
「嫌いだから消す」という単純な行動原理に迷いが生じた彼に、本能の赴くまま生きているようなノマモトはこう伝える。「他人が生きようが死のうがどうでもいいだろ」「他人なんて宇宙人みたいなもんだろ」。この言葉を聞いた北見は、彼女から宇宙人を食う異常さ以上の狂気を感じる。さらに彼女はこうも言う。「悲劇のヒロインぶってんじゃねえよ」。
作品タイトル『ドラマクイン』とは、「悲劇のヒロインを気取っている」という皮肉が込められた意味の言葉だが、それは北見のことだけを指しているのだろうか。
狂っているのは世界なのか、それとも主人公のふたりなのか。狂気と謎が渦巻く物語ははたしてどのような結末を迎えるのか。今、もっとも続きが気になる作品のひとつである。なお、最新の第4巻は2025年11月4日(火)に発売される。
文=古林恭

