10月からアニメ放送『転生悪女の黒歴史』。 自作の“黒歴史”小説の悪女に転生して、殺される運命に抗えるか?【書評】
公開日:2025/10/3

妄想の世界というのは恥ずかしい。自分の理想がモロに出るし、何かと都合のいいことばかり起こる。誰だって妄想をすることはあるし、自分のための、自分だけのものなのだからそれでいいけれど、目の前に突きつけられたらあまりにあけすけで悶絶してしまう。
そんな過去の自分の妄想の世界に転生してしまうのが、10月からアニメもスタートする『転生悪女の黒歴史』(冬夏アキハル/白泉社)だ。主人公・佐藤コノハは、中高生時代に書いていた自作の恋と魔法の冒険ファンタジーの世界に転生してしまう。ただし、転生したとき自分がなっていたのは、ヒロインではなく悪女と評判のヒロインの妹・イアナ。正統ヒロインであるコノハ・マグノリアの命を狙って逆にヒーローに殺されるという典型的な悪役令嬢だ。

自分の理想を詰め込んだ世界だからヒロインもヒーローたちも完璧。だけど、一方で何かにつけて異世界に召喚されたときのために家族に手紙を残した思い出や、いろいろ言い訳しながらエッチな設定を考えていたことなど、振り返ると悶絶してしまうような記憶が次々襲ってくる。完全無欠のメインヒーロー・ギノフォードをはじめ、イアナを殺すはずだった執事のソルなど、当時の自分のフェチが詰まったキャラクターが次々に出てくるし、物語の展開も欲望や妄想がてんこ盛り。それでいて、自分自身は悪役のため基本的に相手にされていなかったりするというのも残酷だ。最高だけどめちゃくちゃに恥ずかしさも感じてしまうという、心かき乱す転生ものになっている。


だが、本作はそんな「黒歴史」をただの苦い思い出としていない。
イアナ(=コノハ)の目標のひとつはもちろん自分が生き残ることだ。稀代の悪女として人々の不信や憎しみを受けながら、本来殺されるはずだった運命に抗わなければいけない。
それと同時に、イアナはコノハ・マグノリアをはじめとする、自分が生み出した人々も守ろうとする。この世界は佐藤コノハ自身の理想を詰め込んだ世界。かっこいいヒーローたちだけでなく、メインヒロインであるコノハも含めて、みんな自分の理想や夢を詰め込んだ愛すべき人々でもある。だからこそ、彼女はときには自分自身の命を賭けてもコノハたちを守ろうとする。自分がヒロインとして愛されていようといまいと。

それは誰かのために戦うヒロインの物語でもあるが、本作では自分自身を肯定する物語とも受け取れる。イアナが戦うのは自分が生み出した物語への責任と同時に、コノハをはじめとしたキャラクターたちが大好きだという気持ちが大きな原動力となっている。それは、目一杯恥ずかしい過去の自分の妄想を、やっぱり好きだと認めることでもある。本編はもちろん、数多くの王子さまキャラとの日常のエピソードを描いた、コメディっ気もたっぷりの番外編などを通して、読んでいる側も「ああ、やっぱり誰かの理想たっぷりの話って最高だな」と思わせてくれる。
自分が好きなものを好きだというのは恥ずかしい。だけど、悶えながらもそれでもやっぱり好きなんだという勇気をくれる作品でもあると思う。
文=小林聖