「編集者、全員ブッ殺してやる!」違法なネットカフェ売春で食いつなぐ少女が、漫画を描くことに取り憑かれる物語『ウリッコ』
PR 公開日:2025/12/25

「漫画家になりたい」漫画好きの人なら一度は考えたことがあるのではないだろうか。なぜか。それは何よりも漫画が好きだからだろう。
ただ、『ウリッコ』(殺野高菜:原作、大森かなた:作画/講談社)の主人公・星野のように、特に漫画好きではないのに漫画家を目指す人間もいる。
軽い気持ちで描き始める。まったく描き方が分からない。当然のように上手くは描けない。デビューまでの道は遠く、すぐにお金にはならない。それでも、彼女は描き続ける。描くことがやめられなくなってしまうのだ。
■時間が進まない、薄暗いネットカフェの部屋から始まる物語
星野は歌舞伎町のネットカフェの一室で暮らしていた。そこは時間が過ぎるのが遅く感じる薄暗い部屋だ。ただ、そこに居る限りは安全で、サービスのカレーライスが食べられ、シャワーも浴びられる。彼女は、お金がなくなるとキズミという偽名を使ってその部屋で売春をしていた。

夢も希望もない生活を続けていた星野は、ある日年収3000万円の漫画家がいると知る。彼女は漫画を描けば金になるかもしれないと考え、ペンや原稿用紙を買ってくる。最初は本気ではなかった。でも彼女にはどうせやることも、やりたいこともないのだ。
かくして星野は、ほとんど読んだこともなかった漫画を描き始める。話は売春相手のピロートークから考えた。ネットカフェで漫画を糧にし、その場に居た漫画好きの店員に協力してもらう(半ば強引に)。

彼女は漫画を描きながら、ネットカフェにある漫画と自分が描いているモノとの圧倒的な差を認識し、投げ出しそうになる。だがそうはならなかった。見よう見まねで、つたないながらも16ページの漫画を完成させた。第1話ラストあたりの制作描写は思わずぐっときてしまった。
とはいえ、漫画が描けたからめでたしめでたしではない。星野は原稿を持って出版社へ向かう。ただ、最初の一歩はほろ苦いものになる。複数の編集者に読ませたが、誰一人肯定的なことは言わなかった。彼女に染み付いたネットカフェのカレーの匂いを嗅ぎ、おすすめのカレー屋を教えてきただけの編集者もいた。
作中でネットカフェ店員が星野を絶賛していたように、漫画を最後まで描き上げられただけでも何らかの才能はある。しかしそれは、チートなクリエイティブ能力ではなかった。少なくともこの時点では。
星野は、ネットカフェで寝起きして時間を持て余し、体を売るだけの人生から抜け出せるのだろうか?
■生きるために描き始めた少女は、描かなくては生きられなくなる

漫画を描き始めてからの星野は、まるで息を吹き返したかのように生き生きとし始めた。上手く描けずにイライラもするが、それでも、時計を見ると笑顔になる。作業をしている間は時間が驚くほど速く流れていた。
星野には、ただ描くだけではなく、明確な目標もあった。それは「漫画で稼ぐこと」、そして「自分を否定した編集者にリベンジすること」だった。
彼女は心が強い。初めて会った編集者に名刺を自分から求めた。一切肯定的な意見をくれなかった相手にまだファイティングポーズを取れたのだ。落ち込むだけではなく「読んではもらえるんだ、だったらいずれはイケんじゃん」と考え「全員ブッ殺してやる、いつか絶対」と心に誓うのだ。
そんな星野の才能は漫画を完成させることだけではなかった。漫画を描くために必要なことを考えて行動することができた。まず星野は自分なりの「面白」の基準を持っており、内容をジャッジすることができた。

また、読み返してみると、気になる箇所が出てくる。最初はそこまでやるつもりはなかったのに「ここを変えたほうが面白い」と思い、描き直しもした。

そして再度の持ち込み。これまでとは別の編集部に行ったはずが、そこにいたのは“カレー屋を教えてくれただけ”の編集者・干隈だった。彼は星野の漫画に目を通している途中で思わず笑う。彼女はそれを見逃さず「どこ? 今読んでるページ…!」と詰め寄る。

彼が笑ったのは、まさに迷った末に描き直した、あのページだった。干隈は最後に言う。「また何か描いたら持ってきて下さい」。星野はプロの編集者の「表情を支配した」のだ。
これが星野にとって漫画の成功体験のひとつめとなり、ますます漫画制作にはまっていく最初の一歩にもなったのだ。
多くの人が「漫画が好きだから漫画家を目指す」と言う。星野は少し違う。だが“描くことに取りつかれている”という点では、きっと同じだ。
食べるために、生きるために漫画を描く。令和の時代に、こんな“漫画道”があってもいい。願わくは、彼女が作中で描いているその漫画を読んでみたい。
文=古林恭
