見た目は猫、中身はダメな中年のおっさん――『化け猫あんずちゃん』が描く、生きるということ【書評】
PR 公開日:2025/11/21

10年ほど前、実家の庭にふらりと猫が現れた。寺である我が家で「寺猫」として暮らしたその子には、「長生きして化け猫になってよ」とよく話しかけたものだ。そんな記憶を呼び起こすような一冊が、『化け猫あんずちゃん』(いましろたかし/講談社)である。
南伊豆の常夏の町・池照町。その一角にある草成寺の住職「おしょーさん」は、ある雨の日に一匹の子猫を拾う。「あんず」と名づけられた猫は、10年、20年と年を重ね、気づけば30歳を超えて化け猫に。おしょーさんの養子となったあんずちゃんは、寺の仕事を手伝いながら、町の人々と交流を楽しんでいた。
穏やかな日々が続いていたある日、おしょーさんから跡継ぎの話を持ちかけられたあんずちゃん。しかし時を同じくして、池照町では思わぬ騒動が勃発。さらに音信不通だった草成寺の長男・哲也が突然現れ、静かな町の日常に波風が立ちはじめる……!

2006年から2007年にかけ『コミックボンボン』で連載され、異彩を放った本作。2024年、17年の時を経て『コミックDAYS』で「化け猫あんずちゃん風雲編」として復活。さらに森山未來があんずちゃんの声と動きを演じるアニメ映画版も公開されるなど、往年のファンを喜ばせた。そしてこのたび、ボンボン連載の「無印版」と続編の「風雲編」を併せた『完本 化け猫あんずちゃん』(講談社)が刊行される。
見た目は可愛い猫、中身は“おっさん”なあんずちゃん。パチンコに行ったり、テキヤでバイトしたりと、その暮らしぶりはまるで、“ダメな中年男性”のよう。猫らしい気まぐれさでおしょーさんやおかみさんの手助けをしたかと思えば、やる気なくゴロゴロしたり、地域の人々にちょっとしたお節介を焼いたりと、とにかく自由気ままだ。そんなあんずちゃんを町の人たちも自然と受け入れていて、「草成寺の化け猫」として親しまれている。

ほのぼのとした絵柄と脱力したギャグに包まれた本作だが、「生きるうえでの悩み」を抱える人々の姿がさらりと描かれている。仕事が上手くいかず、貧しい暮らしを送る「よっちゃん」。成績が振るわず、思い詰めて首を吊ろうとする学生の「一郎」。そして、おしょーさんも跡継ぎ問題に頭を痛めている。そんな彼らに寄り添い、少しだけ憂いをやわらげてくれるのが、あんずちゃんだ。

あんずちゃんは猫だからか、前向きで優しく、おおらかだ。欲が有るようで無く、どこか達観している。「家族の病気や老い」といった身近な出来事も、あんずちゃんの目を通すことで重くなり過ぎずに描かれ、読後には不思議な温もりが残る。『化け猫あんずちゃん』はキャラクターマンガというよりも、“生きること”そのものを描いた小さな人間ドラマなのだ。
また、作中には「大妖怪のカエルちゃん」や、ピヨピヨと鳴く森の精、化け狸など、あんずちゃん以外の“変なもの”たちも登場する。彼らは人間社会にひっそりと息づき、あんずちゃんと同じように、自由に生きている。読んでいると、今では忘れられがちな“自然の中に棲むものたち”が、私たちの身近に存在していることを思い出させてくれる。
『完本 化け猫あんずちゃん』は11月21日発売。生きることの可笑しさも切なさも、そのまま抱えて笑うあんずちゃんの「ニャッハッハッ」という声に、優しさを感じてみてほしい。
文=倉本菜生
