家に帰りたくない。「良い母親でなくてはいけない」呪いに疲れた母の葛藤と成長 【書評】
公開日:2025/12/31

子育てと仕事のバランスは、思っている以上に難しい。とくに、これまで積み重ねてきたキャリアが崩れてしまいそうになるとき、子育てによる制約が少ない男性を羨ましく感じてしまうこともある。また、心にも時間にも余裕がなくなるほど子どもに冷たく当たってしまい、「理想の母親になれない自分」に苦しむ人も多い。
『わたし、迷子のお母さん ある日突然、母親するのが苦しくなった』(らっさむ/KADOKAWA)の主人公・楓は、保育園児の娘を育てるアラフォーの会社員。夫は起業したばかりで忙しく、毎朝、保育園に行きたがらない娘に優しくできず、自分を責め続けていた。ある日の帰り道、急に体調が悪くなり電車から降りられず、自宅から離れた終点まで行ってしまう。偶然出会った人々に助けられ、一息ついたのも束の間、ママ友から届いた夫の浮気現場の写真がさらに楓を追い詰める。それでも、娘の待つ家に帰ろうとする楓だったが、パニック状態になり、帰れなくなってしまう。そこで初めて、自分の心の限界を自覚する。
子どもに対しての「後ろめたさ」は、周りに相談できないことが多い。たとえば「仕事の時間のほうが幸せ」と感じたり、「兄弟のうちひとりだけをかわいいと思ってしまう」などの感情は、誰にも話せず胸の内に閉じ込めてしまう。けれど、そうしたネガティブな感情を持つのは、悪い母親だからなのだろうか。
自分を縛る「良い母親像」と向き合うことの大切さを教えてくれる本作。母親の在り方は本来それぞれでいいはずなのに、「こうあるべき」という声に押しつぶされ、自分を責めてしまう女性は少なくない。楓も、自分の価値観は“良い母親像”から遠いと感じ、自分を否定し続けてきた。だが、本音を認めたことで、初めて自分自身や家族と向き合う勇気を取り戻していく。
「母である前に、ひとりの人間としてどう生きたいか」。母親が一度は考えたことがあるだろう問い。誰にも言えない葛藤を抱えるすべての母親に、そっと寄り添う物語となっている。
