ハイスペ婚幻想、憎悪のサレ妻――結婚をとりまく黒い感情を謎のアイテムが解決⁉ 世にも不穏なマリッジ・ストーリー【書評】
PR 公開日:2025/12/18

人生が思いどおりにいかないとき、人はつい「もし○○だったら」という仮定にすがる。追い詰められた瞬間ほど、運命を手早く修正してくれる“何か”を求めてしまうのは人間の性だろう。では、その都合のいい“何か”が実在し、あなたの悩みにぴたりと寄り添うアイテムとして売られていたとしたら? そんな恐ろしくも甘い誘惑が、ごく普通の現実の延長線上に存在してしまう世界……。その不穏な魅力を真正面から描くのが『理想郷女子図鑑~私の結婚生活、とっても幸せです〜』(集英社)である。
本作は、「結婚」という人生の転換点に立つ女性たちを主人公に据えた、世にも奇妙なマリッジ・ストーリーだ。登場するのは、ハイスペ婚の幻想に囚われた女性、つい脇役に甘んじて男性とうまくコミュニケーションが取れない女性、夫の不倫に憎悪を募らせる女性……。彼女たちの姿を通じて、結婚前後に溢れ出す悩みや焦燥感、そのさらに奥に潜む欲望までもが、生々しく照らし出されていく。

そんな彼女たちがスマホを眺めているとき、SNS広告として人生を激変させる“不思議アイテム”が不意に姿を現す。 そこから先に待っているのは、思いどおりの未来へぐっと近づける近道であり、一方で気づかないうちに足を滑らせてしまう道でもあり……。でも、悩みが一瞬で解決したように見える、あの瞬間の気持ちよさはどこかカタルシスにも似ていて、読んでいるこちらまでつい気分が高ぶってしまう。それと同時に、どこからともなく漂い始める崩壊の匂い。このちょっとした違和感が、なんだか妙にあとを引く。ゆっくり上って急にすとんと落ちる、そんな動きを何度もくり返す乗り物に乗っているみたいで、そのふわっとした不安定さと感情の揺れが、どういうわけか心地よくあとに残る。

そんなふわふわした気持ちも束の間、彼女たちが迎える結末を目の当たりにしたとき、シャボン玉がふっと弾けるような、夢の終わりに立ち会ってしまったかのような、なんともいえない気持ちになる。そして、不思議な道具たちがどれだけ興味深くても、「自分が当事者になるのはごめんだ……」と思わずにはいられない。
けれど、誰かの人生がチート的に確変モードへ突入したり、あるいは徐々に歪み、静かに崩れていく様子を目撃する感覚はどうしようもなく刺激的だ。なんだか、SNSの裏垢で暴れる毒をこっそり覗き見るときのような背徳感と、そこに面白さを感じてしまう自分の性格の悪さを突きつけられるようで、黒い感情がぐるぐるとまわって落ち着かない。
傍観者のつもりで覗き込んだはずが、気づけばこちら側も感情の渦に巻き込まれている。『理想郷女子図鑑~私の結婚生活、とっても幸せです〜』は、そんな黒い面白さに浸れる一冊だ。年末年始の静かな時間にこそ開いてみてほしい。
文=ちゃんめい
