亡き愛猫を思い出させてくれた、ホットケーキのやわらかな手触り。傷心の主人公の心の再生を描いた物語【漫画家インタビュー】
公開日:2025/12/12

『色々あって疲れたお兄ちゃんがホットケーキを焼く話』は、傷心の主人公が日常にある小さな温もりに救われる瞬間を描いた物語だ。
主人公・朝人は、結婚を前提に交際していた恋人に婚約破棄され、さらには愛猫を亡くし、まるで時間が止まってしまったような空虚な日々を送っていた。
そんなある日、しばらく会っていない妹・深青から突然メッセージが届く。「君はとりあえずホットケーキを焼きなさい」。朝人は戸惑いつつも、誰もいない休日のキッチンで久しぶりにホットケーキを焼いてみる。
ぷつぷつと膨らむ生地。広がる甘い香り。温かくふかふかしたホットケーキの手触りは、亡き愛猫の感触を思い出させた。止まっていたはずの時間が、ほんの少しずつ動き始める。
悲しみに寄り添う温かな世界観が話題を呼んだ本作は、X(旧Twitter)を中心に人気を集め、4万以上のいいねを獲得。作者・やまち(@o_na_ka_with)さんに、創作のきっかけやこだわりについて語ってもらった。
過去に触れた優しさは、つらいときに前に進むための糧になる
ーー本作を描こうと思ったきっかけや理由を教えてください。
本作を描いたのは、元々はnoteの「#創作大賞2022」というコンペに応募するためでした。普段は1Pの4コマ程度のエッセイ漫画を描いているのですが、長めの創作漫画も描いてみたいなと思っていたので良いきっかけになりました。
ーーこだわった点や、「ここを見てほしい」というポイントはどんなところですか。
こだわったのは、ホットケーキを焼くときの「待ち」の時間です。普段ならスマホを触ったり、ながら作業で埋めてしまう余白時間ですが、こういうときってふと何かを思い出すじゃないですか? 多分、皆がホットケーキを焼いて幸せを感じるのは、甘くて丸いふかふかな食べ物が出来上がるのを、ひととき「待つ」時間があるからだと思います。
あとは、妹の深青ちゃんがひとりでラーメンを食べながら主人公に返信をするシーンもこだわったポイントのひとつです。しがらみの多い兄と対比して、ひとりでどこへでも行けてしまう身軽な深青ちゃんの性格が反映された良いシーンだと思っています。
ーー主人公がホットケーキの温もりに救われる描写がとても繊細で心に残りました。大きな悲しみを抱えた人に寄り添う温かな世界観には、ご自身の実体験などが反映されているのでしょうか?
本作の内容は、ほぼ実話に基づいています。私の実家でも茶トラの猫を飼っていたのですが、数年前に亡くなりました。実家で母がホットケーキを焼いていたときに、「〇〇ちゃん(愛猫)みたいで可愛いねー」とつぶやいていたことが強く印象に残っていたので、そういうシーンを描いたら自分で泣いてしまいそうだな、でも描きたいなと思いました。
ーーご自身には、疲れたときに気持ちを整えたり、自分を取り戻したりするために意識して行っていることはありますか?
幼少期から共働き家庭で育った私にとっては、「母と休日にホットケーキを焼くこと」が幸せを感じるご褒美時間でした。そういったかつての幸福な時間や記憶を大人になってから思い起こすことは、ストレスの多い生活を乗り切るためにとても大切なんじゃないかと感じます。
気分を変えるために新しいことを覚えたり始めたりする場合、それなりのエネルギーが必要となりますが、過去に触れた優しさを思い出すのはノンカロリーでノンコストな行為です。コスパが良いのでやった方が良いと思います。そのためには、幸せだった時間を覚えておくことも大切ですね。
ーー読者の感想で印象に残っているものを教えてください。
「ホットケーキ焼いてみようかな」だけではなく、「実際に焼いてみた! 久しぶりで美味しかった」というコメントがあり、私の創作が行動のきっかけになったんだと感激しました。
また「何があったって人生は進む、ちょっと立ち止まってお腹を満たしてまた進むんだ」といった内容の引用リプライもあり、印象に残っています。そのまま本作のキャッチコピーにしたいと思いました。
ーー本作を通じて描きたいこと、伝えたいことはどんなことですか。
周囲の人のなにげないひと言や、普段ならしない行動に救われた経験は、誰にでも少なからずあるのではないでしょうか。自分ではどうしても前に進めず、お先真っ暗と感じているときに、白か黒か、0か100かといった大きな方向転換をするのは難しいと思います。そんなときこそ、昔好きだったものや人、子どもの頃の思い出に立ち返り、過去に触れた優しい瞬間をたくさん思い出してみてほしいと伝えたいです。
ーー今後の展望や目標を教えてください。
のんびりと書き溜めている創作作品が、いつか何かのきっかけで出版されるようなことがあればとても嬉しいです。
ーー最後に、作品を楽しみにしている読者へメッセージをお願いします。
読んでいただいた皆さん、ありがとうございます。次回作をお約束することはできませんが、私は基本的に自分の身の上に起きたことしか描けないタイプなので、気長に待っていただければと思います。
