『EはエドワードのE ゴーリー大解剖』監訳者・柴田元幸が和訳歴25年の経験を通して語る。常識破りな絵本作家、エドワード・ゴーリーの奥深さ【インタビュー】
公開日:2026/3/5
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年3月号からの転載です。

モノトーンの緻密な線画で描き出されるシュールで不穏な、でもなぜか心惹かれる絵と物語。日本では「絵本作家」と紹介されることが多いエドワード・ゴーリーの生誕100年を記念した大型本が昨年12月に発売された。唯一無二の才能の全てに迫る本書の意義と魅力を、監訳を務めた柴田元幸さんに聞いた。
「なにせ生誕100年の記念出版だから絶対この年に出さなきゃいけなかったんだけど、本当に出せるかどうかはかなり心配でした」
日本版の監訳を務めた柴田元幸さんはそう笑った。米国での原著の出版は2025年9月。つまり、完成を待って制作を開始したのでは到底間に合わない。本国での進行との並走を余儀なくされる、なかなかアクロバティックな制作だったという。
「大変な作業にはなりましたが、原著者のグレゴリー・ヒスチャクさんは以前からの知り合いで、メールで問い合わせれば何でも迅速に快く教えてくれる親切な人だということはわかっていたので、その点は安心でした」
ヒスチャクは米国のゴーリー博物館「エドワード・ゴーリー・ハウス」の館長であり、キュレーターでもある。
「彼はこれまでに多数、同館や世界各地でおこなわれているゴーリーの展示を企画していて、その際に刊行された図録に掲載された文章も彼の手に依るものでした。僕はそれを翻訳していたので、それらを土台にした本書も、原著の完成版が見られなくても大体の方向性はわかっていました」
原著者との信頼関係がすでにある上で、日本版として出すために必要な情報の追加や確認などを行い、目の肥えた日本のファンをも満足させうる万全の一冊にした。
「本書は紹介本と研究書のちょうど中間ぐらいという位置づけでしょうか。ヒスチャクさんは、一つの解釈を押し付けるのではなく、ゴーリーのバックグラウンドにある様々な情報を提示した上で、私は大体こんなふうに考えていますけど、あとは皆さんで考えてくださいね、というような書き方をする人なんです。こうした書籍を出すとしたら最良の著者といえるでしょう」
ユーモアが感じられる解説文と、豊富な図版や資料でゴーリーの世界をていねいに浮き彫りにしていく本書。冒頭で触れた通り、日本ではもっぱら絵本作品で有名だが、それだけに留まらない多彩な才能を発揮し、多方面で活躍した人物だったことが読み進めるうちに明らかになっていく。
「何年か前にマーク・デリーという人がBorn to Be Posthumousというタイトルでゴーリーの伝記を出版したのですが、あの本はゴーリーの人間性を際立たせるために彼の〈孤独〉にフォーカスしていました。伝記である以上、ゴーリーとは何者であったのかを明確にする必要があったのでしょう。僕は共感しましたが、その手法には批判もありました。その点ヒスチャクさんは、なんらかの答えを出そうという姿勢はそんなに強くなくて、とにかくデータを提示することに注力しています。だから、両方読めばゴーリーのことが一層よくわかるかもしれません」
だが、20年以上作品の和訳を手掛けてきた柴田さんでさえも、ゴーリーの全容はいまだわかった気がしないという。それほど一筋縄ではいかない作家なのだ。

柴田さんによる翻訳でゴーリーの絵本が日本に紹介されはじめたのは2000年。以来、徐々に、だが確実にファンを増やしていった。23年から約2年かけて日本各地を巡回した「エドワード・ゴーリーを巡る旅」展も大変好評で、東京での展覧会では10代や20代の若い世代の姿が目立ったという。一体、ゴーリーのなにがそれほど日本人を惹き付けるのだろうか。
「その理由については何を語っても的外れになるだろうからあんまり考えないのですが、あえていうなら日本人の職人気質好きが影響している気がします。たとえば日本の音楽ファンって、ミュージシャンだけでなくその背後にいるプロデューサーやアレンジャーなどサウンドを作る人たちの職人芸みたいなものにも目を向ける傾向がありますよね。それと同じような感じで、一つ一つの仕事を丁寧に行うゴーリーの職人的な部分に惹かれる人が多いのかもしれません」
また、様式美に則った画風や韻文を採用する一方、それらを用いて描く内容というと世の良識からは大きく逸脱しているという作風の、一種のギャップが現代人の心を惹き付けるのではないだろうか。
「それはあるかもしれないですね。彼が題材とした19世紀の英語圏において、子供向けの本の文章でシンプルに韻を踏むのはむしろ普通のことです。そういった形式は、とにかくフォームに落とし込まないと気が済まないというゴーリーの性向とも合っていたと思います。物語自体は絵本という観点から見ると破壊的なわけですが、だからといってもう全てがめちゃくちゃで何のルールも守らないというのとは全然違います。
ただ、絵本作家として、子供が26種類の方法で死んでいく作品を書くなんて通常はありえない。どんな分野でもお約束事はあると思いますが、絵本において良い子が報われない話はなかなか作りづらいはずです。その点、絵本の常識を最初から破っているわけです。でも、それが魅力になる。社会にはある種の『見えない規範』が存在していますが、それに飽き飽きしている子供や大人はたくさんいるのだと思います。だからこそ、スマートな形で規範を破ってくれるゴーリーの作品に多くの人が惹かれるのかもしれない。もしかしたら、彼が一番仕事をしていた1950年代から60年代よりも、現代の方がもっと人の心に訴えるのかもしれません。しかし、これだけ幅広い人の魅力を一言で表現しようとするのはどだい無理だというのが正直なところです」
絵に添えられる韻を多用した文章もまたゴーリーのオリジナリティの一端だが、本書では原著のレイアウトをそのまま活かしながら和訳がすぐ側に配置されているのでとても読みやすい。

「図版の位置などは一切動かせないことは原著のレイアウトを一目見てわかりました。だから、なんとか崩さずに日本語を入れたいと思っていましたが、デザイナーがすばらしい仕事をしてくれました。手帳やレコードのメモなど文字数の多いページだけは別ページに振り分けざるをえなかったものの、内容を理解する上で無理のない形で訳文を添えられたのはよかったと思っています」
好きな作家の完成された作品だけでなく、日常の中で書き留められた言葉や映画・蔵書のリストなど、ありとあらゆる情報をまとめて読む経験はなかなかできるものではない。それが叶うのだから、なんとも贅沢な一冊である。また、改めてゴーリーが独自の確かな美学を持っていた人物であることを感じさせてくれるのが本書のうれしいところだ。
「そんな部分も含めて、読者それぞれが自分なりにゴーリーのおもしろさを発見してくれるといいなと思います」

取材・文:門賀美央子 写真:福島正大
しばた・もとゆき●1954年、東京都生まれ。アメリカ文学研究者、翻訳家。2005年、『アメリカン・ナルシス』でサントリー学芸賞、10年『メイスン&ディクスン』(ピンチョン著)で日本翻訳文化賞、17年早稲田大学坪内逍遙大賞など受賞多数。著書に『生半可な學者』など。雑誌『MONKEY』の編集長も務める。

『EはエドワードのE ゴーリー大解剖』
(グレゴリー・ヒスチャク、エドワード・ゴーリー公益信託:著、柴田元幸:監訳、今井亮一、福間 恵、平沢慎也、広瀬恭子、高田怜央、鈴木孫和、今関裕太、坪野圭介:訳/河出書房新社)1万6280円(税込)
*2026年4月末までの刊行記念特価。以降1万7600円(税込)
ゴーリーの知的財産の管理をするために遺言によって設立された団体が編纂した大全。美しい印刷でゴーリーの緻密な筆致をあますことなく伝えるだけでなく、日本では見る機会が少ない貴重な資料なども含むファン必携の豪華本。子供や動物といったモチーフのほか、映画やバレエ、ファッション、手芸などとの関わりも知ることが出来る。

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