きわどい衣装であやしげな「死のストリップ」を披露する踊り子? 実話ベースで語られる荒俣宏の奇妙な最新作『文明怪化奇談』【インタビュー】
更新日:2026/4/14
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年4月号からの転載です。

戊辰戦争、大逆事件、第五回内国勧業博覧会、日比谷焼き討ち事件、そして二・二六事件。日本の近代史を揺るがした大事件の陰には知られざる物語があった。明治以降の新聞をつぶさに読み込んだ知の巨人が看破したオルタナティブ・ヒストリーとは。
幕末から昭和初期。つまり日本が近代化していった時期に生まれた新しい職業があった。
新聞記者だ。
荒俣宏さんの新刊『文明怪化奇談』は、彼らが見聞きした怪事件を順番に語るという形式をとっている。登場人物の多くは実在の人物であり、語られる出来事も当時新聞ネタになった実際の事件がベースになっている。巻末の解説によると、〈著者が令和以降に開始した「新聞・雑誌記事発掘」作業の副産物として創作したもの〉であるそうだ。
「明治期の新聞を読んでいると、当時の人々にとって文明開化によってもたらされた科学がどれほど奇妙なものに映っていたかがよくわかります。文明開化はまさに“怪化”であったわけです。だからタイトルを『文明怪化奇談』としました」
しかしながら、各章の中心となる物語自体は雑誌『怪』で2011年から13年までの間に連載されていたものだ。そこで取り上げられたのは冷凍庫、火葬炉、X線、電話など19世紀の科学が生んだ新しい利器の数々。現代の私たちが当たり前に思っている“文明の産物”が「怪化」という視点で語られる。
「19世紀末から20世紀初頭にかけての科学は、それ自体がなんだか怪しい雰囲気をまとっているんです。現代では当たり前になっている電気を始めとする各種の技術も、当時は不思議なことだったし、それらが発展する過程で奇々怪々なことがたくさん起きた。そうした話を扱っていけば、日本も含めた20世紀という時代が何だったのか、大きな結論を出せるのではないかと思ったんです」
つまり、本書自体が荒俣流近代文明論になっているわけだが、それを仮託する物語の最初の種になったのは、第3章の主人公であるカーマンセラ嬢というひとりの女性だったという。今を遡ること123年前の明治36年に大阪で開催された第5回内国勧業博覧会のパビリオン「不思議館」であやしげなダンスを披露していた踊り子だ。
「1900年に開催されたパリ万博で、ロイ・フラーという女性が『電気ダンス』ともいうべき新奇なダンス興行を見せて話題になりました」
フラーのダンスは、お堅い19世紀には裸同然と見なされたようなきわどい衣装を多色の電気照明で照らしながら踊る、革新的なものだった。
「それを日本で再現してみせたのがカーマンセラ嬢です。『風俗画報』という明治期に出た雑誌を蒐集している時に彼女の存在を知りました。『風俗画報』は錦絵の挿絵がたくさん入った非常に美しいもので、眺めているだけで楽しいのだけど、とりわけカーマンセラ嬢のページがすごく印象に残ったんです」
以来、コツコツと集め、読み続けた資料が、ひとつの物語に結実していった。
「こういうのは2年や3年資料を当たった程度で出てくるものではない。あっちもこっちもやっているうちに関連がわかってくる。つまり、余計なことをたくさんやっていないとだめなんです。今はキーワード検索でもすればお目当ての情報を一発で引き当てられるけど、それでは全体を見ることができない。脇道にそれないと何が出てくるかわかりません。余計なことをしないといけないんですよ」
他の章に出てくる事件や登場人物も同様だ。
「まず興味を持ったのは、有名じゃない人。当時はそれなりに知られていたけれども、今はもう忘れ去られた人をメインにしました。幕末から昭和初期に至るまで、日本には怪しくて大胆な人たちがたくさんいたんです。でも、みんな潰されていった。本書は教科書に載っているような文明開化の裏側を書くものだから、彼らこそが主人公にふさわしいわけです。そして、この中で一番重要なのは鹿島清兵衛ですね」
鹿島清兵衛は明治時代にお大尽とまで言われた富豪であるが、スキャンダルも多い人だった。
「彼は完全に文明開化人ですよ。だって、個人の趣味として写真などに凝っただけでなく、発見されて間もないX線の研究までやったんですから。彼のように、街場の旦那衆で最先端のことをやっていた人こそ、文明開化の正統だったのだろうと思います。それにもかかわらず、今はまったく忘れられている。何ごともそうなのですが、最初に手を付けた人っていうのは絶対損をするんですね。全部持ち出しでやらなきゃいけないから。二番手三番手はその上に乗っかるから楽だけど、最初の人は大変なリスクを負う。でも、明治時代はそれをみんな競ってやっていたんですよ。その中の成功者は名を残したけど、ほとんどは失敗して歴史の中に埋もれていった。でも、彼らは一番手だけが得ることができるロマンを糧に生きていた。逆に言えば、心の支えはロマンしかなかった。これを何とか物語にできないか。そういう思いが底にあります」
こうして生まれた6つの物語だったが、一冊にまとめるにあたってはそれぞれを繋げる橋が必要だった。そこで出てきたかすがいが新聞記者という存在だった。
「近代日本の、特に日本語の発達における新聞の役割はなかなか知られていません。だからそこに関心を持っていろいろと調べているうちに、新聞記者の話自体が面白いことに気がついて、うまく取り入れれば物語が繋がるなと思いつきました。本編には入れられなかったような断片的なネタも、新聞記者の自慢話として語らせれば盛り込めますしね」
登場する新聞記者たちも実在の人物であり、署名記事などに名を残している。そんな彼らが語る奇っ怪な事件からは何が見えてくるのか。
「僕は団塊の世代に属する人間ですが、この世代は根っこに無常観と判官びいきが宿っています。だから、失敗した人の方が、人間として信用できるように感じるんですよ。成功した人は得てして人間性に難がある。一方、失敗した人たちは、それでも堂々と生きた。成功者よりよっぽど矜持があったのではないですかね。少なくとも大変に尊敬できる人たちが多い。無視されればされるほど、悪口を言われれば言われるほどやってやろうと気持ちを奮い立たせる反骨心のあった人たち。少なくとも、日本の文明開化を成功させたのは、そういう人たちです。
かつて『帝都物語』はベストセラーになりましたが、書き続けるにつれ、僕自身がだんだん忘れてしまっていったことがありました。というのは、『帝都物語』は加藤保憲のような怪人や日本の存亡なんていう大事件を書きたくて始めた小説ではなかったんです。本当に書きたかったのは、文明開化の中で虐げられた人々。東京で苦労しながら一生を終えた人々への応援歌、鎮魂歌でした。ドラマとしての大事件や善と悪の戦いのようなテーマなんていうのはどうでもよかったんですよ。もし、まだ需要があれば、最後に『シン・帝都物語』を書こうと思っていますが、それは本作と同じように、虐げられたけれども、でも東京を支えた人たちの話になるでしょう。これを僕からの最後のメッセージにしなきゃいけないと、今回本作を改稿したことで改めて思いました」
人生をかけた知的活動集大成のワンステップとなった本作。近代がどんどん遠くなっている今こそ、広く読まれるべきだろう。
取材・文=門賀美央子 写真=川口宗道
あらまた・ひろし●1947年、東京都生まれ。小説家、博物学・幻想文学・神秘学研究家、京都国際マンガミュージアム館長。87年『帝都物語』で日本SF大賞、89年『世界大博物図鑑 第2巻 魚類』でサントリー学芸賞を受賞。著作に『すぐ役に立つものはすぐ役に立たなくなる』など多数。

『文明怪化奇談』
(荒俣 宏/KADOKAWA) 2640円(税込)
3月30日発売予定
幕末から二・二六事件後までのおよそ三四半世紀、「文明開化」という名の近代化を記し続けてきた新聞記者たちが語る、奇妙な出来事の数々。教科書にも載るような大事件の陰に隠れ、表沙汰にならなかった、あるいはできなかった“怪化奇談”が今語られる。「函館氷」「橘氏の火葬炉」「カーマンセラ嬢」「眼球の写真」「二笑亭の電話」「特別寄稿 大砲とトリカブト」を収録。

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