阿泉来堂が語る「ゾンビものの見せ場」とは? 死者がよみがえる村を舞台にした土俗ゾンビホラー『くがいの聲』【インタビュー】
公開日:2026/6/25
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年7月号からの転載です。

異形が徘徊する村での惨劇を描いた『ナキメサマ』での鮮烈なデビューから約6年。ホラーの実力派・阿泉来堂さんの最新長編『くがいの聲』は土葬の風習が残る山村を舞台にした、本格土俗ホラーだ。王道のアイデアを物語性豊かに描き切る、阿泉ホラーの舞台裏についてうかがった。
「これぞホラー!」と言いたくなるような王道かつ斬新なエンタメ作品を次々に発表し、読者を魅了しているホラー作家・阿泉来堂さん。船上パニックホラー『冥船ステラ・ブルー』に続いて放った長編『くがいの聲』は死者がよみがえる村を舞台にした土俗ホラー。あの阿泉来堂がゾンビものに挑んだ、という時点で胸が躍る。
「編集さんとの打ち合わせで、デビュー作『ナキメサマ』のような日本的で土俗的なホラーを書いてほしいと依頼されたんです。そこで引っ張り出してきたのが『死体が朽ちない村』という以前からあたためていたアイデア。なぜか土葬の風習が残る村があって、という部分が出発点で、ゾンビホラーの要素は後からついてきたものです」
離れて暮らしていた祖父が亡くなり、主人公・滝川史也は遺品整理のために、祖父の家がある北海道の山間の集落・神薙村に向かう。祖父の葬儀は村人の手で、早々に執り行われたらしい。史也の母の話では、神薙村には珍しい葬送儀礼があるのだという。
「舞台は僕が住んでいる北海道ですが、多くの読者にイメージしやすいように、どこの地方でも当てはまるステレオタイプな田舎として描いています。『ナキメサマ』以来、怪しげな村を好んで舞台にしているのは、一種の憧れかもしれませんね。北海道在住とはいえずっと街中で暮らしてきたので、リアルな田舎の生活を知らないんですよ」
神薙村に到着した史也は、さっそく家の片付けを開始する。村の住人と言葉を交わすうち、移住者の宮前恵里から祖父の最期について気になることを聞かされた。「いくら突然死だっていっても、あんな状態になっているなんて……」。祖父は病死ではなかったのか? 村人の反対を押し切ってメガソーラーの建設工事が始まったこと、土砂崩れで大勢の犠牲者が出たこともあり、平和な村は不穏なムードに包まれていた。
「古くから大切に守られてきた文化や価値観が、外部からやってきた人に破壊され、悲劇を引き起こす。ホラーではくり返し描かれてきた構図です。メガソーラーは外からやってくるものの象徴。実際、北海道で暮らしているとメガソーラー建設に関するニュースはよく見聞きします」
どうやらこの村には、大昔から受け継がれてきた様々なしきたりがあるようだ。史也が夜道で出会った美音加は「祈り子の巫女」の役目を与えられており、史也の祖父は彼女と接する「ミマモリ」だった。史也が少年時代に村で出会った少女・絢瀬に生き写しの美音加は突然こう警告する。「すぐに、村を出た方がいい」「この村はもうすぐ、死によって埋め尽くされる」。
「ベタといえばベタなんですが、あえて直球の村ホラーを書いています。田舎の風景や土俗的な風習には、理屈ではなく惹かれる部分があります。海外のホラーも大好きなんですけど、江戸の怪談以来受け継がれてきた日本風の怖さには、海外作品から摂取できない栄養素が含まれています(笑)」
フィールドワークのために村を訪れていた民俗学者・比留真によれば、村には神道とキリスト教が習合した珍しい信仰が見られる。かつて村を訪れた宣教師が、死者を生き返らせたという言い伝えも残っているのだ。ただしオカルトを信じない比留真は、この伝承に否定的だ。
「書き進めるうえでイメージしたのは諸星大二郎さんのマンガ『生命の木』(『妖怪ハンター』シリーズ)です。大昔に伝わったキリスト教が土着化することでいびつな形に変化し、伝承されていく。比留真は当初ここまで深く物語に関わらせる気はなかったんです。ひどい目に遭うキャラとして登場させたんですが、書いているうちに愛着が湧いてきて、いつしか史也の相棒のような立ち位置になっていました」
じわじわとエピソードを積み重ねてきた物語が大きく動くのは中盤、200ページを超えたあたり。行方不明になっていた移住者の恵里が、動く死体となって帰宅し、夫の健吾に襲いかかったのだ。ゾンビものとしての顔を露わにした本書は、クライマックスに向けてフルスピードで突っ走る。
「ここを楽しみにじっくり書いてきたので、後半は楽しかったですね。ゾンビものの見せ場は恋人や家族が、いきなり別人になって襲いかかってくるところ。生きるか死ぬかの状況だからこそ、深い人間ドラマが浮き彫りになりますよね」
「くがい」と呼ばれる死者たちは村を襲い、人を喰らう。史也たちが避難した建物も、すぐにくがいに取り囲まれて……。手に汗握る展開と鮮烈な残酷シーンは、ホラー職人・阿泉さんの独壇場。
「といっても血みどろシーンを書くのが目的ではないんです。幽霊や怪物が目の前に現れたら、こんなにも恐ろしいんだ、ということを具体的に描写するために、スプラッターな場面を盛り込んでいるだけ。ホラー映画で被害者が悲鳴をあげた瞬間、場面が切り替わることがありますが、観客が知りたいのはその先。そこを見せないのはもったいないと思います」
襲いかかる死者たちをかわしながら、村の秘密に迫っていく史也と比留真。闇の向こうに見えてくるのは、村を縛り付けてきたおぞましい因習と、それに抵抗しようとした人の姿だ。恐怖や絶望の中にも、かすかな希望を感じさせるまっすぐな作風も、阿泉ホラーの特徴といえる。
「古い価値観に逆らえない人たちの悲劇でもあり、それが変わりつつある時代の話でもあるんです。僕はホラーが好きなので、定番のモチーフをよく使いますが、それを今風にアレンジして、新しい世代に受け入れられるようにすることも大事だと思っています」
横溝正史ミステリ&ホラー大賞・読者賞受賞作の『ナキメサマ』以来、ホラーを中心に執筆してきた阿泉さん。このジャンルへのこだわりは強いのだろうか。
「新しいことに挑戦したいという気持ちはもちろん持っていますし、『こんなものも書けるんだ』と驚かせるようなものも書いてみたい。でも帰り着くところは結局ホラーというか(笑)、大きく離れることはないと思います」
刊行ペースの早さやアイデアの豊富さにも驚かされる。阿泉ホラーを生み出す原動力とは?
「読んでいただけるのが最大のモチベーションですね。読者がいなければ、最後まで書き上げられないかもしれない。アイデアを出す段階では、自分のいたらなさを痛感します。慌てて本を読んだり映画を観たりするんですが、付け焼き刃で摂取しても駄目で、何年も前にインプットしたものが役に立つことが多い。遊びたいとか寝たいとか、小説を書くのは辛いことも多いですが(笑)、楽しみにしてくれる読者がいるかぎりは、ペースをあげて、面白い作品を書き続けていきたいです」
取材・文:朝宮運河 写真:首藤幹夫
あずみ・らいどう●北海道生まれ、在住。2020年、第40回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈読者賞〉を受賞した『ナキメサマ』でデビュー。著書に「作家・那々木悠志郎」シリーズ、「バベルの古書」シリーズ、「贋物霊媒師」シリーズ、『死人の口入れ屋』、『冥船ステラ・ブルー』など。
『くがいの聲』
(阿泉来堂/産業編集センター) 2310円(税込)
祖父の遺品整理のため、人里離れた山村・神薙村を訪れた滝川史也。土葬の風習が残るその村では、「くがい」と呼ばれる存在が恐れられていた。村で出会った謎めいた少女・美音加は、史也にすぐ村を出ていくように警告するのだが……。ホラーの実力派が贈る、民俗ホラーの快作。
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『ナキメサマ』
阿泉来堂
748円(税込)
連絡が取れなくなったという初恋の相手・小夜子を捜すため稲守村に向かった尚人。そこで恐ろしい異形に遭遇し……。第5弾まで刊行された「作家・那々木悠志郎」シリーズの開幕編にして著者デビュー作。

『バベルの古書 猟奇犯罪プロファイル Book1《変身》』
阿泉来堂
770円(税込)
札幌近郊で発生した女子大生殺人事件。現場にはカフカの『変身』の一節が残されていた。謎の古書が導く猟奇犯罪ホラーミステリー「バベルの古書」シリーズの第1弾。シリーズは『Book3』まで刊行中。

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