「オシラサマはいまも信仰される生きている存在。土地の精神を受け継いでゆきたい」東北伝奇ミステリ『おしら鬼秘譚』【黒木あるじ インタビュー】
公開日:2026/4/23
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年5月号からの転載です。

怪談や東北を舞台にした物語を著しつづけている黒木あるじさんの新刊は、東北で信仰されている神様の“オシラサマ”を題材にした家族物語。新聞『河北新報』連載時から編集に携わった、出版社/編集プロダクション・荒蝦夷の土方正志代表によるインタビューで本書の魅力に迫った。
新作『おしら鬼秘譚』は東北を舞台とした伝奇ホラー、その著者インタビューではあるのだが、いささかやりにくい。というのは、本作は仙台を拠点として東北をカバーする『河北新報』紙連載小説の書籍化なのだが、その一連の編集を担当したのが私なのである。黒木さんに企画を持ちかけ書籍化の実務まで担当したとあれば、なんのことはない、オモテもウラも知っている。ばかりか、実は黒木さんとは彼の学生時代からすでに四半世紀の腐れ縁、ことあらためてインタビューなどお互いにどうにもテれくさかったりもする。だが、たまにはそんなおハナシもおもしろくってめずらしいかもと気を取り直して、さて、黒木さんには初の新聞連載だったわけだが、そのココロはいかがだったのか。
「最初はためらいました。断わろうと思った(笑)。文芸誌の隔月連載はやったことがあったのですが、週イチとはいえ半年余りの新聞連載です。時間的なタイトさや毎回のストーリーの展開など、考えるほどに戦慄が走りましたよ。だけど、東北の新聞に東北の作家が東北ならではの物語を東北の読者に向けて書く、これはちょっとおもしろいんじゃないかと思った。東京の媒体とはひと味ちがうチャレンジができるのではないか、と。短編をメインに書いてきたので、半年かけてじっくりとひとつの物語に取り組めるのにも魅力を感じて、うっかりやります! と言っちゃったんです。はじめてみたら予想以上にハードでした。ちょっとは原稿を貯めていたんですが、すぐに連載に追いつかれて、締め切りに追いまくられて、オマケに終盤では急性虫垂炎で入院です。ヒヤヒヤしました」
こっちもな。物語のおしら鬼は東北にいまも残る伝統信仰オシラサマがモデルとなっている。
「ぼくは実話怪談作家として活動してきましたが、もともとは東北芸術工科大学で〈東北学〉の赤坂憲雄さんに師事しました。卒業後も赤坂さんの民俗映像記録の仕事に就いていた。赤坂さんのフィールドワークに同行するなかで、オシラサマやその亜種みたいな東北各地に残る信仰に出会って、これはなんなんだろうとずっと興味を持ってきたんです。だいたいぼくも青森県弘前市生まれでオシラサマ文化圏の人間ですから、この連載が決まって、よし、オシラサマで行こう、と。だけど、オシラサマはいまも信仰される生きている存在です。あまりおもしろおかしくやってしまうと信仰しているみなさんに怒られる、どころかそんなみなさんを傷つけてしまったり、オシラサマに祟られてしまってはかなわない。そこで架空のおしら鬼を設定しました」
作中で獺川が語るオシラサマのさまざまな解釈ウンチク、付け焼き刃ではなかったわけである。そして登場人物たちはそれぞれのキャラクターに絡む東北への、地域へのまなざしを語る。
「これは東北だけではないのですが〈因習村〉的なジャンルがあるじゃないですか。どこかの田舎の山奥の村に奇妙な風習があって、それが原因で怪異が起こる、みたいな。どうしても田舎に対する都市の目線を感じてしまうんです。自分たちの理解できないものは特異な〈因習〉としてくくって怖がって終わり。オシラサマだってオカルティックに語られたりするわけですが、その土地の人たちにとっては大切に守ってきた祖先伝来の信仰のかたちです。決して単なる〈因習〉やオカルトではない。その依って来たるところを登場人物たちに語らせたかったのかもしれません。登場人物に関していえば、なにせ半年間でしょう、物語と共にキャラが深化していった。たとえば摩訶原は最初はプロレスでいえばヒールだったんです。だけど物語が進むに連れて、どうしてこんなヤツになったんだろう、彼の過去にはなにがあったんだろうって考えはじめて、どんどんカッコよく活躍するようになっていった。登場人物が思惑を超えて成長したというのかな。はじめての経験でした」
キャラクターの深化によってくっきりと立ち上がってきたのは、登場人物それぞれの「母と子」の物語だった。そして、おしら鬼さえも。
「これ、指摘されてちょっとおどろきました。登場人物の個人史を厚くしていったら、自然にそうなった。思い返せばぼくのいままでの作品も、たとえそれが実話怪談であっても母と子の関係が根底となっているものが多かったりするんです。なぜなのか考えた結果、母ではなくておばあちゃんなのかな、と。おばあちゃん子だったんですよ、ぼく。両親がいそがしく働いていて、祖母に育てられたみたいなところがあって。去年、103歳で亡くなりました。母を飛び越えて、その祖母との繫がりがイメージの源流なのかもしれません。母に連なる女系の地母神的なものへの敬慕や畏怖がどうやらあるみたいです。これはたとえば青森だったら寺山修司とか棟方志功とか東北の作家に多いパターンではあります。それから出羽三山とかの山岳信仰にしてもそうです。山の神も女性だったり、やっぱり母なる山なんですよ。だからラストシーンも山だったのかも……あまり自分でも意識していたわけではないので、はっきりとはいえませんが、東北に生まれ育って、ぼくも知らず知らずにそんな土地の精神みたいなものを受け継いでいるのかなんて思わせられました」
クライマックスには東宝の怪獣映画さながらの大暴れ大立ちまわりが待っている。
「実は特撮モノも東北人脈に繋がるんですよ。『ゴジラ』の本多猪四郎監督とスーツアクターの中島春雄は山形のひとだし、怪獣デザイナーの成田亨は青森育ち、円谷英二だって福島です。さらには作曲家の伊福部昭は北海道ですから、怪獣映画をめぐる北の精神史みたいなものを感じます。怪獣映画を作り上げてきたそんな東北人へのオマージュみたいな気持ちがありました。まあ、怪獣映画が大好きなので、あのテのシーンがどうしても書きたかっただけなんですけどね」
さて、これからも東北にこだわった作品を描き続けるのか。
「東北にまつわる物語はこれからも書いていきたいと思っています。ただ、もしかすると東北だけでなくほかの地域でもあり得るかもしれません。私たちの土地のあんな伝説こんな風習もちがった解釈や理解ができるのではって読者のみなさんに思っていただければいいですね。赤坂さんに教えてもらったことばですが、まさに「汝の足下を深く掘れ、そこに泉あり」です。里帆たち三人のシリーズ化もアリかな。実はすでに短いものですが『怪と幽』vol.022にスピンオフを書かせてもらっています。そちらもぜひご一読いただければ」
というわけで、もしかしたら本作で大活躍したトリオに読者はまた出会えるかもしれない。その日を楽しみに待ちたい。
取材・文=土方正志(荒蝦夷) 写真=木村武征(山形県米沢市「禅林堂」にて撮影)
くろき・あるじ●1976年青森県生まれ、山形県在住。2009年、ビーケーワン怪談大賞・佳作、『幽』怪談実話コンテスト・ブンまわし賞を受賞。10年『怪談実話 震』でデビュー。著書に『全国怪談 オトリヨセ』『山形怪談』ほか多数。24年『春のたましい 神祓いの記』で細谷正充賞を受賞。4月25日には河北新報社本社セミナールームで本書の刊行記念トークイベントが開催。

『おしら鬼秘譚』
(黒木あるじ/KADOKAWA) 2420円(税込)
仙台市の古本市で不穏なおしら鬼を手に入れたタウン誌編集者の桑見里帆。その夜、ひとり娘の愛菜がおしら鬼によって宙にさらわれる。怪異を招く男として知られる博物館学芸員の獺川玄一郎、そして呪物コレクター摩訶原般若と共に、里帆は愛菜のゆくえを追う。
次号予告

『怪と幽』vol.022 4月27日発売予定
特集1 はじめてのクトゥルー
インタビュー 荒俣 宏 東 雅夫 田辺 剛 長澤 剛 星空めてお
座談 坂本雅之×内山靖二郎×竜騎士07
寄稿 朝松 健 池澤春菜 貴志祐介 月村了衛 南條竹則 森瀬 繚 沖田瑞穂
小説寄稿 菊地秀行 黒 史郎 黒木あるじ
特集2 乙一 三十周年 & 山白朝子二十二周年
インタビュー 乙一 山白朝子
対談 乙一×近藤亮太
寄稿 乙一 河野 裕 佐藤友哉 住野よる 舞城王太郎 千街晶之
