西野亮廣×又吉直樹「自分の作品で世界が一変する可能性が残り続けている」。『プペル』『生きとるわ』『ゴミ人間』を通して語る“創作へのモチベーション”【対談】
公開日:2026/4/10

西野亮廣さんと又吉直樹さんは同い年、東西は異なるが1999年にNSC(吉本総合芸能学院)に入所した同期だ。それぞれ芸人として活動するなか、西野さんは2009年に「にしのあきひろ」名義で『Dr.インクの星空キネマ』を上梓。絵本作家としてのキャリアをスタートさせた。一方の又吉さんは2015年に初となる小説作品『火花』で芥川賞を受賞した。
そして『火花』から約11年後、2026年1月に又吉さんは6年ぶりの長編小説『生きとるわ』を上梓。また、3月27日には西野さんが製作総指揮・原作・脚本を務める『映画 えんとつ町のプペル 〜約束の時計台〜』が公開された。
『生きとるわ』は高校時代の友人同士が20年の時を経て裏切り裏切られ合う物語。『映画 えんとつ町のプペル 〜約束の時計台〜』は友達を「信じて待つ」物語だ。
このように何かと共通項の多い又吉さんと西野さん。本記事ではお二人の対談をお届けする。それぞれの作品のことはもちろん、映画公開を目前に文庫化された西野さんのエッセイ集『ゴミ人間 日本中から笑われた夢がある』を読んだ又吉さんの語る“西野像”、「信じる」ことの難しさ、創作論など話題は多岐にわたった。
ずっと新ネタを書いているような感覚
西野:最近、アラフィフ芸人に相談を受けることが多いんです。「俺はこのままでいいのだろうか」って、人生を考え始める。又吉くんはそういうことなさそうですね。ちゃんと、やることを見つけている感じがする。
又吉:「とりあえず文筆を続けよう」というのはあります。漫才やコントをずっと続けられる人もいるけど、それはなかなか難しい。相方がアメリカにおるとか。
西野:(笑)
又吉:そうなったとき、文筆業ってずっと新ネタを書いているような気持ちでいられるんです。周りからしたら、そうは思ってくれないだろうけど。
西野:芸人って、ネタを作っても披露する場所が段々なくなってくるじゃない?ネタをずっと作り続けられる環境にあるというのは、すごくいいね。
又吉:西野くんも、やりたいことが思いつかなくなる感覚はないでしょう?
西野:いや、僕はあって。僕が日本中から批判されたこととか実体験に基づいたテーマで作品を作っていくと、人生で一番濃いネタって早々に使い切っちゃうんですよ。人生のビッグイベントってせいぜい1、2個じゃないですか。又吉くんは人生のビッグイベント、もう全部書きました?
又吉:もう一通り全部さわったかな。
西野:さわったあとは、どうするんですか?
又吉:文学には「語り直し」という便利な言葉があって。一つ書いたら、次は同じテーマで視点を変えて書いたりします。
西野くんもそれはもちろんやっているんだと思うけど、今までとは全然違うものをやりたくなることはない?
西野:あんまりないですね。自分があれこれ考えて行動していることって、小学校のとき半径数メートル以内で起きていたことを、ただ規模を大きくして出しているだけなんですよ。学校の近くででかいアメリカザリガニの群れを見つけて、みんなに「行こうや行こうや!」と言っているのと今やっていること、あまり変わっていない。
又吉:やり方を変えて、規模をでかくして。
西野:そう。でかくしているけれど、根本は小学校のときにドキドキしたことをずっとやっている感じ。
又吉:そうか…俺でいうとなんだろう。みんなが昼休みにドッジボールをやっているところには入らずに、運動場の端っこで一人で何本も全力ダッシュする。それがすごくかっこいいと思ってた。それを今もやってる感じかな。
西野:(笑)。それ、ギャラリーはいたんですか?
又吉:誰も見てないんだけど、走って、ハアハアいって。

批判という矢が刺さってよかった
又吉:西野くんって、批判という矢がいっぱい刺さっていて、それを乗り越えてきているでしょう。その矢は放たれなかったほうがよかった?それとも、あってよかった?
西野:こんなこと言うの嫌だけど、あったほうがよかったんですよ、結局。
又吉:それですごくやる気を出しているよね、毎回。
西野:そう。矢じりに栄養があって。
又吉:矢が刺さったからこそ、できている作風でしょう?
西野:間違いない。矢が刺さりまくって「いや、何が間違っているんですか!」と言いまくっているうちに、めちゃくちゃ応援してくれる人が増えたという。
又吉:『ゴミ人間』を読ましてもらったんやけど、新しいことをやると必ず批判を受けると。でも数年経つと、そのシステムが世の中にちゃんと浸透し始めて、批判していた人たちが手のひらを返してそれをやり始めるみたいな。
それを西野くんはこの本の中で怒りつつ書いてたけど、新しいサービスを世の中に説明することが、俺はそれ自体が西野くんの芸のようにも思ったの。ゴミ人間だけど、その批判や怒りを、ちゃんと肥料にして耕している人だというふうにこれを読んで思いました。

