冥界にきてしまった少女は、“こじらせ神”の呪いを解けるか? エジプト神話が題材の痛快ラブコメ『メリトあいきゅうごっど』
公開日:2022/8/17

舞台は古代エジプト。生者の身でありながら冥界へ迷い込んでしまった少女メリトは、死者の裁判を司る神アヌビスと出会う。毎日昼寝三昧の自堕落な日々を送るアヌビスは、大の人間嫌い。元の世界へ還るには彼の協力が不可欠なのだけど……。
創造神アトゥムを筆頭に、たくさんの個性的な神さまが混在しているエジプト神話。Webアニメ化もされた『とーとつにエジプト神』や、四コマコメディ『イマドキ☆エジプト神』(美影サカス/一迅社)など、ここ数年エジプト神を題材にした作品が生まれている。その独特の世界観やインパクトのある神々の造形は、日本神話やギリシャ神話、北欧神話などとは異なる魅力を放っている。
本作品でフィーチャーされるのは、死者の神とされているアヌビスだ、アヌビスだ。人の体に狼(または犬やジャッカルとも)の頭をもち、死者の守り神として畏れられ、かつ敬われている。
かつては人間界を慈愛に充ちたまなざしで見守っていたアヌビス。しかし人間が文明を手に入れ(なにしろエジプトは古代文明で鳴らした地である)、嘘を覚え、争いを繰り返すにつれてその醜さに絶望してゆく。自らの職務を放棄し、引きこもるようになった彼に、父オシリスは罰を与える。
アヌビスが最も嫌悪する人間に、その姿を変えてしまったのだ。
しかもその呪いは、生きている人間にしか解くことができない。そこで、冥界で唯一の生者であるメリトは、アヌビスの呪いを解くために奮闘する。
呪いをかけられた傲慢なヒーローと、彼を助けようとする清純な乙女。そう、本作は『美女と野獣』の物語でもあるのだ。
愛する家族を残して冥界に来てしまったメリトは、なんとしても下界へ戻りたい。そのためにはアヌビスに冥界の門を開けてもらわなければならないのだが、人間嫌いをこじらせた彼は頑なに彼女を拒絶する。
「人間と関わるくらいなら 永遠にこのままでいい」
と言ってのけるアヌビスに、それでもくらいつくメリト。召使いにかしずかれ、豪華な環境でごろごろしている彼に面と向かって説教し、嫌われても、疎まれても追いかける。そうするうち次第にアヌビスの心の傷が見えてくる。彼の抱える孤独、苦しみ、悲しみ。すなわち彼自身を理解するようになっていく。
ハプニング的なキスで、わずかな間アヌビスが本来の姿に戻ったときの胸きゅん展開がたまらない。お互いにほんのりと恋心が芽生えてきて、少しずつ距離を縮めていく姿が読んでいて実に楽しいのだ。
2人を見守る知恵の神トト(なんと頭部が鳥!)、敵か味方かはかり知れないアヌビスの父オシリス、アヌビスの弟であるキュートな天空神ホルスなど、キャラの立った神々も続々登場。冥界唯一の人間であるメリトに誰もが興味津々で、アヌビスをやきもきさせる。
『美女と野獣』のセオリーにのっとって、メリトはアヌビスの呪いを解くことができるのか。そして冥界の神と人間の乙女の間に生まれた恋は、はたして成就なるものなのか? 美麗な絵柄とコミカルなストーリーの組み合わせも綾な、エジプト神話ラブコメディだ。
文=皆川ちか