耳かきで極悪人を抹殺。衝撃の耳かき×ハードボイルド・マンガ
公開日:2022/10/19

雑誌連載からウェブコミックまで、マンガ好きでも追いつけないほどの数のマンガが日々、リリースされている。テーマも多様化し、「そう来たか!」と驚くような設定を目にすることも珍しくない。それでも、『耳かき仕事人 サミュエル』(堀道広/青林工藝舎)を読んだときの「未知との遭遇」感を超える作品には、これまで出会ったことがない。
著者は、『おれは短大出』『青春うるはし! うるし部』などの尖ったギャグマンガで作品ごとに話題をさらう堀道広氏だ。その魅力は、絶妙な体や顔のパーツのバランスが織りなす絵のアート性と、世相に斬り込むシュールなストーリー。『耳かき仕事人 サミュエル』も、そんな彼ならではの突き抜けた表現が楽しめる傑作だ。
主人公のサミュエルこと耳塚統は、「サミュエル耳かき店」で耳かきサービスを提供しつつ、日本耳かきアサシン協会に所属し、耳かきによる暗殺を手がける「耳かき仕事人」としての裏の顔を持つ。物語では、彼が殺人耳かきで極悪人を消していく仕事ぶりや、敵対する無差別暗殺集団「黒い綿棒」の暗躍、そして彼の出生の秘密までが描かれる。
まずはその「耳かきで暗殺」という想像を絶するアイディアに圧倒される。そして、そんな無茶すぎる設定とサミュエルの存在意義に説得力を持たせるどころか、耳かきを凶器とした高度なバイオレンス・アクションを成立させてしまう、著者の表現力に脱帽する。
フードにグラサン、ジーンズにパーカーをインして耳かきをくわえるスカしたいでたちのサミュエルが、冷静な判断力と卓越した耳かき殺人術で極悪人をお仕置きしていくさまは痛快そのもの。耳かきによる苛烈な殺戮シーンだけでなく、ターゲットの外道っぷりや、捕えられた少女など、仕事人ものの「あるある」な描写も容赦がなく面白い。現実離れしつつも劇画タッチな著者の画風もあいまって、笑いと共に、背筋が凍るような切迫感も押し寄せる。1冊を読み終える頃には、読者はそんな未曽有の読書体験に酔いしれ、堀道広作品の虜になっているだろう。
著者は、描きたいテーマで、ひたすらギャグを追い求めているだけなのかもしれない。しかし、世界に対する彼のシビアな視座ゆえに、物語のところどころに社会の不条理への怒りが滲んでいると感じるのは、考え過ぎだろうか。
堀氏は現在、ウェブでマンガ『ふにゃふにゃ一揆』を連載中。藩民に甘い日本一平和な藩で、「ウェットティッシュが最後のほう2、3枚まとめて出ちゃう」「モテない」「『お世話になっております』はいらない」などのカジュアルな理由で起きる一揆を、藩主が規格外の方法でなだめていく時代劇ギャグマンガだ。ここでも、世の中への違和感を笑いに変える、彼の独特なセンスが爆発している。無料掲載なので、堀道広作品未体験の方は、ぜひ読んでみてほしい。
文=川辺美希