『のだめ』作者が描く、質屋を舞台にした宝石を巡る物語。既刊18巻の大人気シリーズ『七つ屋志のぶの宝石匣』

マンガ

公開日:2023/4/18

七つ屋志のぶの宝石匣
七つ屋志のぶの宝石匣』18巻(二ノ宮和子/講談社)

「宝石販売イベントには3回行ったことがあります」と筆者の友人は言った。鉱物、宝石、隕石などが一斉に展示・販売されるイベントのことである。横浜ミネラルマルシェ、秋葉原ミネラルマルシェ、日本橋ミネラルショー。へえ、そんなにあるんですね、とうなづく私に、友人は「宝石は石ごとに色や内包物が違うので、直接見て買いたかったんです」と微笑んだ。内包物とは宝石内部の不純物のことをいい、ルーペで覗くと様々な模様を見ることができる。私はそれこそがひとつひとつの宝石に宿る個性のように思う。

「kiss」で連載中の『七つ屋志のぶの宝石匣』(二ノ宮和子/講談社)は、北上顕定の幼少期から始まる。北上家が悲劇的で謎深い一家離散を迎え、5才の顕定に残されたのは一族に代々伝わる赤い宝石の内包物、「羽を広げて赤い空を翔る鳥」の記憶だけだった。

 東京銀座の老舗質屋にたった一人で「質入れ」された顕定と、宝石のオーラが見える質屋の娘・志のぶ。23年経っても北上家の事件は迷宮入りのまま、顕定は高級ジュエリーショップデュガリーの外商となる。「赤い石は日本のある資産家が持っているらしい」という情報を得て、顕定はデュガリーの外商として資産家たちに近づいて回る。ダイヤやサファイヤ、オパールなどのジュエリーをめぐって物語が展開し、巻を追うごとに少しづつ、本当に少しずつ、彼らは事件のピースを拾い集めていく。明るくまっすぐな性格の女子高生志のぶと、「本当に俺に家族がいたのか」「これ以上何かを失いたくない」と不安を抱えて生きる顕定。顕定を支えるジュエリーショップHULALUのオーナー鷹臣と、宝石バイヤーの虎徹。そして様々な事情を抱えて質屋を訪れる人々。生活が切迫し切実な思いで駆け込む人もいれば、遊ぶ金欲しさに親の形見を売る人もいる。劇中、「質屋さんは社会だよ!」というセリフがあるが、まさにその日本の現代社会を垣間見ることができる。

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 現在18巻まで刊行されており、事件の真相を知っているだろう人物たちが本格的に現れ始めるのは10巻を過ぎたあたりだ。ちょうど読者が、二ノ宮和子のコメディセンス(変なポーズ・変なセリフ・いきなり挿入される時事ネタ)を堪能しつつ宝石の知識を得て、今度ミネラルショーやジュエリーショップを覗いてみようかしら、と思い始めるころ。志のぶが見ている宝石のオーラは、自分にも見えるんじゃないかと妄想し始めるころ。物語にたびたび登場する、志のぶを怯えさせるあの宝石は、現実世界にも出回っているんじゃないかと疑い始めるころ。読者は、人情味のある登場人物たちとは違う、事件の中心部にいる者たちの冷たい目を見せつけられて、この漫画はミステリーだったのだと気づく。

 宝石は、お守りにも呪術にも使われるという。顕定のお守りは志のぶの祖父の形見であるレッドベリル。顕定と共鳴して、志のぶにだけオーラが見える。顕定が何かを企んでいるとボワッと立ち上がる黒いオーラが、平常心に戻ると穏やかなオーラが出現するのだ。「幸運の赤い石ってこれじゃダメなの?」レッドベリルを見つめる志のぶが、顕定の物語を照らす。北上家の「赤い石」を持っている者が、事件を企てた犯人だとは限らない。けれど、今はそれを目指すしかない。『七つ屋志のぶの宝石筐』は、失ったものと、それを取り戻せるかもしれないという希望が詰まった、宝石箱のような物語である。

文=高松霞