ヤクザがぬいぐるみの写真集を出したい⁉ 死後に出版したい依頼人と、その切実な希望を叶える『死後出版』
公開日:2023/7/18

もしも、こんな不思議な出版社が実在したなら、自分は何を残し、伝えたいと思うだろうか―…。漫画『死後出版』(田中現兎/少年画報社)は、そんなことを考えさせられる温かくて、奥深い出版オムニバスだ。
本作に描かれているのは、著者の死後に作品を発表するという、一風変わった出版社「死後出版」でのハートフルストーリー。生きている間には発表できない作品を持ち込む、ワケありな依頼人と本好き編集者・栞田窓子とのやりとりに泣き笑いされられる。
■ワケありな依頼人の願いを叶える摩訶不思議な「死後出版」
死後出版の門をたたく依頼人が抱える、“死後に出版したい理由”は実に様々だ。ある老女は元恋人の幸せを壊さずに自分の死を伝えようと思い、昔、文通に添えていた詩を詩集にして出版しようと思い立った。また、過去に理不尽な嫉妬を向けられて苦しい思いをしてきた女性は、売れない漫画家である夫の嫉妬を買わないよう、ヒット間違いなしの自作漫画を死後に出版しようと試みる。こんな風に、登場する依頼人はみな複雑な感情と闘っているのだ。
オムニバス形式で描かれる、そうしたエピソードの中でも、個人的にグっときたのが、ヤクザである吾妻荘司の出版依頼だ。強面な吾妻はなんと、見た目とは真逆のかわいいもの好き。中学生の時に作った、ぬいぐるみのさゆりを撮りためた写真集を出版したいと相談してきた。
同行した舎弟の奈月は知らなかった吾妻のギャップに驚愕。出版は難しいだろうと感じたが、栞田の反応は真逆。吾妻の企画は面白いと絶賛され、さゆりの写真集の出版計画は動き始めることとなった。



ヤクザの家に生まれたことから、かわいいものが好きなことをずっと隠し続けてきた吾妻は抱えてきたもどかしさに理解を示してくれた栞田に出会ったり、人生初のぬい撮り(※様々な場所で、ぬいぐるみを主役にした写真を撮影すること)を経験したりし、改めて自身の人生に想いを馳せるように。
そんな吾妻の姿を見て、写真集の出版に乗り気ではなかった奈月の心境にも変化が生じていく。



ところが、そんな矢先、吾妻は銃撃を受け、逝去。これによって、吾妻の出版計画は中断してしまうのかと思いきや、物語は温かい展開に。生き残った奈月が勇気を出してとった行動や、なんとしても吾妻の願いを叶えようとする栞田の強さに、読者の涙腺は崩壊する。
本好きならではの熱い感想を寄せながら、依頼人の人生ごと作品を愛す、栞田。真面目で温かい、その姿に触れると、こんな編集者や死後出版が実在してくれていたら…と、つい想像してしまう。

なお、本作には、栞田以外にも個性豊かな出版社メンバーが続々と登場。栞田の暴走を止めつつ、冷静に出版を検討する事務の路春(みちはる)や、活字と向き合うと眠くなってしまう自分を「読書の才能がない」と責める編集者・星(ひかる)が依頼人たちとどう関わり、ひとつの作品を世に送り出していくのかにもワクワクさせられるはずだ。
特に星は、今後の成長が楽しみなキャラクター。本作には栞田のサポートを受けたことにより、編集者という職に対して前向きになれた星のエピソードも掲載されているので、そちらも要チェックだ。
お仕事マンガ要素もあり、誰かの人生録に触れているような気持ちにもなる本作。あなたには、どう響くだろうか。
文=古川諭香