孤独死も目にする家賃取立人。デリヘル嬢、生活保護受給者など「家賃を払えない」人々のリアルがここに

マンガ

公開日:2023/6/9

出ていくか、払うか 家賃保証会社の憂鬱
出ていくか、払うか 家賃保証会社の憂鬱』(鶴屋なこみん:著、0207:原案協力/KADOKAWA)

「あっ! 家賃を払い忘れた!」

 ある日、友人の家に遊びに行くと、郵便受けをのぞいた彼女が突然声をあげた。

 友人はひとり暮らしを始めて数か月、初めて督促状が届いて振込期日が過ぎていたことに気づき、督促状には「すぐに払わないと出て行ってもらいます」というようなことが書かれていたそうだ。

 すぐに振り込んで事なきを得たが、それから家賃は自動的に引き落とされるようにしたという。

 もう10年以上前の出来事で友人とはその後疎遠になり、私はそのことを忘れていた。

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出ていくか、払うか 家賃保証会社の憂鬱』(鶴屋なこみん:著、0207:原案協力/KADOKAWA)を手に取った瞬間、思い出したのはその友人のことだった。

 同じような人たちが描かれているのかと思いきや、ページを開いたとたんにそうではないことに気づき打ちのめされた。

 家賃取立人がいるのは、いつまで経っても家賃を払わない人たちがいるからだ。いつまで経っても……つまりそこには、孤独死や自殺などで死んでいる人も含まれている。

 序盤から家賃滞納者には死者も含まれているという生々しい現実を突きつけたあと、次々に家賃を払わない、もしくは払えない、「生きている」人たちが登場する。

 家賃滞納だけではなく娘を虐待し続け、あげくの果てに娘を連れて夜逃げをする男性、「ただ生きるだけのことがなんでこんなに難しいのかしら…」と泣く性風俗で働く50代の女性、生活保護で得たお金を使ってしまい、家賃分のお金を残すことができないたくさんの人たち、夫のDVが原因でシングルマザーになった無職の女性……。

 私が驚いたのは、セレブと呼ばれる立場でありながら家賃を滞納する人がいるという事実だった。お金に執着していないため忘れているだけの人もいるが、中にはホスト通いなどで散財した芸能人なども含まれる。

 家賃滞納はお金に困っている人だけの問題ではないのだ。

 本書はたくさんの家賃滞納者を描きながらも、読者の心に残るのは、やはり孤独死した人たちのエピソードだ。

 月に600件ほどの家賃の督促を担当している主人公にとって、「死」は珍しいことではなかった。孤独死も自殺も、可視化されないところで数多く発生していることを彼は知っている。

 次の家賃滞納者の取り立てに行くため、警察を呼ぶのが遅れ警察官に責められる場面がある。仕方がないことなのにとバーで不満を爆発させる彼に対して後輩は言う。

いつからでしょうね…
人の死に驚かなくなったのって…

 家賃を滞納したまま死んでいく人、ひとりひとりに向き合っていたら仕事は成り立たないどころか、家賃取立人のメンタルにも悪影響を及ぼす。仕事のため、自分のために死に対して鈍感になるしかない仕事だが、取立人も血の通った人間なのだ。

 なお、本作は消費者金融と家賃保証会社の管理(回収)を経験している原案協力の0207さんのコミックエッセイである。その事実が本書の生々しさを増す。

 孤独死や自殺は、決して離れたところで起きている出来事ではないと、家賃の取り立てを通して読者は考えさせられる。

 家賃の取り立てについて考えを深めていくと、自分にも起こりうるかもしれない「孤独死」にたどりつくのだ。ここにはもちろん自殺も含まれている。

 友人はすぐに支払ったので取立人は来なかったが、もし滞納したままならこの書籍のエピソードに出てくる「だれか」になっていたかもしれない。

 他人事ではなく自分にも起こりうるかもしれないこととして本書を読むと、家賃を払うことが人間の生死と深く関わっていることに気づくはずだ。

文=若林理央