ボーイズラブ大好きな腐女子殺人鬼。『外道の歌』スピンオフ第3作は、愛らしい女殺人鬼がオカルト世界のダークヒーローに
公開日:2023/7/24

衝撃作『外道の歌』(渡邊ダイスケ/少年画報社)が完結した。
前編『善悪の屑』(渡邊ダイスケ/少年画報社)から現実に起きているような事件を題材に、被害者遺族の思いに着目した本作は、かまいたち山内や百田尚樹といった著名人からも絶賛されている。
名実ともに漫画雑誌『ヤングキング』(少年画報社)の代表作だった。
今、『外道の歌』ロスになっている愛読者も多いのではないだろうか。
そんななか、完結から時を経ずして『外道の歌』の新たなスピンオフ漫画が始まった。
原作の登場人物のひとり、近野智夏を主人公にした『近野智夏の腐じょうな日常』(渡邊ダイスケ:原作、大羽隆廣:画/少年画報社)である。

まずは初めて読む方に向けて近野智夏のキャラクターについて説明したい。
彼女は愛らしい見た目で、ボーイズラブが好きな腐女子である。しかしその裏の姿は、殺人鬼であり、標的になった人物を巧妙に殺害する。
ただし彼女は愉快犯ではない。殺人の標的は、自分自身や、自分の大切な人に危害を加える、もしくは加えようとしている人だ。
『外道の歌』の主人公は、既に犯罪に手を染めた人への復讐を代行する役割を担っていた。つまり事件が終わってから動く主人公だったのだ。一方で近野は、時に彼女なりの正義感から事件を未然に防ごうと人を殺めることがある。この違いは大きい。
そしてまた彼女は、復讐がテーマの『外道の歌』で罰を受けなかった、例外的なキャラクターでもある。
この漫画が原作や他のスピンオフと異なるのは、怪奇要素が強いという点だ。
オカルト研究家の久世十司郎という人物が登場して、近野に相談した内容は呪縛を解いてほしいという内容であった。現実の事件を扱い、非現実的な要素のない『外道の歌』と同じ世界だとは思えないほどテーマが異なる。
本作は、近野と久世が中心人物となり怪奇現象に立ち向かっていく物語なのだ。
本作の最初のエピソードでは、近野の初めての親友、来戸汐音が軸となる。
近野は来戸と同じメイドカフェで働きながら、「毎日が最高」と言うほど彼女との関係を大切にしていた。
ところがある日、オカルト研究家と名乗る男、久世が近野のもとを訪れて、来戸がある人物から呪いをかけられていると告げる。

大切な人に危害を加える相手を許さない近野は来戸を守るために動くが、結果として思いがけない親友の一面を知ってしまう。
読み進めるにつれて、殺人鬼でありながら、彼女が人間味あふれるキャラクターであることを実感できるだろう。
本作の近野は、オカルト界のダークヒーローのようだ。原作以上に愛らしさと正義感が強調され、久世との出会いで彼女の日常は摩訶不思議なものになっていく。

本作では近野と偶然会うことの多いヘルペスという名前のキャラクターも登場する。
実は『外道の歌』には、既に連載中に発行されたスピンオフ漫画が2作ある。
近野の学生時代のサークル仲間で、近野と同じ殺人鬼の園田夢二が暗躍する『園田の歌』、加害者には被害者と同等の復讐をすることがポリシーの復讐代行業者「朝食会」に所属する榎加世子が主人公の『朝食会』だ。
原作で登場したキャラクターが、その後、スピンオフに登場することが多い。近野も園田も加世子もそうだ。
ところがヘルペスは、ほかのスピンオフ漫画で初めて登場して、それから原作『外道の歌』に現れるという異色の経緯をたどったキャラクターである。
彼は、加世子が所属していてほかのスピンオフ漫画のタイトルにもなっている『朝食会』のメンバーだ。そして頭脳派であり、即断して行動することは少ない。ある意味、行動派の近野と相性が良いのかもしれない。
また、近野は『園田の歌』でヒロインだったので、少なくとも私は、この新たなスピンオフ『近野智夏の腐じょうな日常』で主人公になるとは想像していなかった。
本作は、そういった面でも意外性のあるスピンオフ漫画なのだ。
このスピンオフ漫画の見どころは、近野の愛らしさと強さ、恐ろしさが原作以上に表現されていること、ヘルペスのように原作とスピンオフ3作にまたがるキャラクターが登場することである。

近野は、正義感が強いとはいえ殺人鬼である。
『外道の歌』では殺人に手を染めた人物はほとんど死に至る。近野に感情移入して、オカルト漫画だから死ぬことはないだろうと油断していたら、近野にも残酷な結末が待ち受けている可能性は充分にある。
『近野智夏の腐じょうな日常』。
原作とはテイストの異なるこのスピンオフで、近野の魅力と彼女の行く末を見届けてほしい。
文=若林理央