15~16時はマスターが昼寝している喫茶店? 常連客になりたい読者続出の『喫茶アネモネ』の魅力に迫る

マンガ

公開日:2023/10/2

喫茶アネモネ
喫茶アネモネ』(柘植文/東京新聞)

 知る人ぞ知る個性的な喫茶店。行きつけにしたいそんな店を知っている人は、どのくらいいるだろうか? 駅前には大手チェーンの喫茶店がどっしりと構えている。しかし意識して町中を見渡してみると、目立たないところに喫茶店がいくつもある。それぞれに、ほかにはない個性があるのかもしれない…。

ここはとある町にあるちょっとした商店街のちょっとした喫茶店

 この一文から始まる漫画『喫茶アネモネ』(柘植文/東京新聞)も、おそらくそのような喫茶店のひとつである。喫茶「アネモネ」には、近所で散歩をしているおじいさんのようなマスターと、自由きままなアルバイト店員のよっちゃんがいて、毎日のように個性的なお客さんが訪れる。

 読みながら最初に気づいた喫茶「アネモネ」ならではの魅力は、マスターとよっちゃんが自分たちならではの感覚で店を運営していることだ。たとえば15時から16時まで、店の扉には「マスターお昼寝中」というプレートが掛けられている。ひとりで店を切り盛りしているよっちゃんが、2階で寝ているマスターを起こそうと大声で接客をする。そこには上下関係はなく、マスターのお昼寝をわかりやすく邪魔しようとしているよっちゃんもマスターとフラットな関係だからこそそれができる。

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 また他のエピソードでは、出勤中のマスターの頭の上にトンボが乗っているのを発見したよっちゃんが、マスターの頭とそこに乗ったトンボをクローズアップして後ろから撮り、カップケーキに見えるような写真にして店内に飾る。ふたりとも、あえて楽しむことを意識して働くのではなく、自分のしたいことや面白いと思ったことを当たり前のように仕事に取り入れているのだ。

 そして訪れるお客さんも喫茶「アネモネ」を語るうえで欠かせない。

 常連客はマスターやよっちゃんのツッコミ役に回ることも多いが、彼らも個性的なのだ。スナック「マリコの秘密」のママは、店名に反して秘密は何もないキャラを作っているが、なぜか猫舌であることだけは秘密なので、喫茶「アネモネ」でホットコーヒーを飲むときはばれないように細心の注意を払っている。

 いきなりウエディングドレスを着た女性客が来店してコーヒーを注文したときは、よっちゃんと常連客の男性が、彼女の服装以上に彼女がコーヒーの代金を持っているかについて真剣に話し合い、マスターもふたりの会話を聞きながらうなずいている。

 すべてのエピソードは1ページずつである。それにもかかわらず、それぞれの濃い内容に思わず笑ってしまう。これは読み進めることに楽しみがあるので詳細は伏せるが、だんだんとマスターの背景やよっちゃんの過去が明らかになっていくのも本作のポイントだ。個人的にはマスターが喫茶「アネモネ」を経営することになった経緯が明かされたエピソードで爆笑してしまった。読めばきっとお気に入りのエピソードが見つけられるはずだ。

 喫茶「アネモネ」の常連客に私もなりたいと思うと同時に、今まで入ったことのない喫茶店に入ってみるきっかけ作りになる漫画だと感じた。喫茶「アネモネ」ほど個性的ではなくても、目を凝らして町を見回せば、知られざる魅力が眠っている喫茶店も多いはずだ。

文=若林理央