動物977頭・人間41名を殺した父との命がけの親子喧嘩。累計発行部数8500万部の刃牙シリーズの『範馬刃牙』アニメ化が熱い
更新日:2023/11/21

少女漫画育ちのせいか、いまだにバトル漫画を読む際、バトルシーンよりもバトルに至るまでの人間関係を楽しむ癖がある。今はブックレビューを書く仕事をしているのでさすがにないが、子どものころはバトルシーンのページを飛ばし読みしてしまったこともあった。
そんな私が、仕事だとかプライベートだとか意識せずに、むさぼるようにバトルシーンを読んだ初めての漫画が、アニメの放送も順調な『範馬刃牙』(板垣恵介/秋田書店)を第三部とする「刃牙」シリーズである。既にこのシリーズは累計発行部数8500万部を突破していて、『範馬刃牙』を振り返るのは今さらだと思われてしまうかもしれない。とはいえアニメ化で初めて本作を手にした読者も多いだろう。私もそんな読者の方々と立場が近い。ゼロの状態に立ち返って本作の面白さを再発見したいと考えている。
シリーズ第三部である本作の最たる特徴は、刃牙シリーズ第一部にあたる『グラップラー刃牙』から続く地上最大の親子喧嘩に決着がつくという点である。「史上」ではなく「地上」最大だ。『範馬刃牙』の始まりから、主人公の範馬刃牙の父親・範馬勇次郎の圧倒的な強さが示されている。動物977頭・人間41名を殺した、巨大で凶暴なゾウを素手で倒したというのだ。それを契機として、勇次郎と、主人公の範馬刃牙による命がけの親子喧嘩が終わるまで本作は描かれるのである。本来なら絶対敵わない相手である父と戦うために、刃牙は、読者の誰もが想像しがたい過酷な訓練や、強力な敵に自ら対峙して強くなっていく。一瞬ギャグなのかと思ってしまうほどの描写もあるが、手に汗握る彼の本気はまがいものではない。ただ真っすぐに、父に勝つことを見つめているのだ。
例を挙げてみる。ある日、刃牙はアメリカ大統領を誘拐して拉致監禁し、モンスターと呼ばれる囚人がいる刑務所に入所させてもらう。既にこの時点で、はちゃめちゃで非現実的なのだが、予想のつかない刃牙の発想は「次はどうするのか」というワクワクにつながっていく。すべては父に勝つ強さを得るためなのだ。刑務所に入ると一室だけVIPルームがあり、そこには看守すら怯えるほどの受刑者がいた。実際に刃牙がどうなるのかは読んでたしかめてほしいが、連続するバトルシーンひとつひとつから目が離せないのはなぜだろう。彼らが独自の戦術を持っていて、その戦術がほかのバトル漫画にはないような、驚きや恐ろしさ、時には笑いにつながるようなものだからではないだろうか。
そしてその戦術に刃牙の個性が加わる。前述したアメリカの刑務所に自ら入るほどの圧倒的な強さへの希求は、実は『範馬刃牙』の序盤に描かれた刃牙ならではの度肝を抜くような訓練法にも表れている。その訓練法は、自分と同じ大きさのカマキリを想像して戦うというものだった。「父親はゾウと戦っているのになぜカマキリ?」と思ってしまったが、カマキリを人間と同様の大きさにするとその体力や持久力は人間の能力をはるかに超えているのだ。刃牙は言う。
彼らが人間の大きさなら10階建てのビルなど楽々飛び越えるだろう
人間と同じ体重のカマキリに前脚で捕獲され押さえ込まれ、カマキリの牙にはさまれることを想像しながら、イメージした大きなカマキリと刃牙は異種格闘技を行う。
こんな訓練方法はフィクションとはいえ思いつきもしなかった。たしかにカマキリは攻撃的で昆虫の中では強いイメージがあったが、その体重が人間と同じになった時、どれほどの脅威となるか、考えたこともなかった。こんな個性的な訓練法を思いつく刃牙は、これからどれほど予想もしない行動をとるのだろう。いつのまにか私は漫画に食いつくように彼の訓練やバトルを追っていた。
「刃牙」シリーズすべてに共通しているが、本作は上記のような描写があり、ほかのバトル漫画にはない感覚で読める漫画である。ラストはシリーズが始まったころからの目標である「地上最強の親子喧嘩」、つまり範馬勇次郎と刃牙の戦いに決着がつく。どんどんとバトル漫画や青年漫画のセオリーを覆していく本作は、日本の漫画史にも薄れることのない爪痕を残している。
ちなみに今年2023年からは「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)で『刃牙らへん』がスタートし、シリーズの連載は今も続いている。『範馬刃牙』は第三部でありながら刃牙シリーズを初めて読む人にとってもわかりやすい。可能なら刃牙シリーズ第一部の『グラップラー刃牙』から、忙しい場合は『範馬刃牙』のアニメと原作漫画を両方楽しんでほしい。第一部、第二部、そして第四部以降も読みたくなるはずだ。
文=若林理央