バンドマン青春BL漫画『ギヴン』が映画化。ギターでイメージを表現できる立夏と、閉塞感に苛まれる真冬が音楽に向き合う――
更新日:2024/2/23

他の人が、上手に出来ることが出来ない
みんなが 泣いたり笑ったりするのと同じように
上手に出来ない
『ギヴン』(キヅナツキ/新書館)は、バンドマンの青春BL漫画と言い切ることができない重みのある漫画だ。この記事の冒頭で引用した言葉は、本作のメインキャラで謎めいた存在でもある佐藤真冬(さとう・まふゆ)の根幹を成す思いを表している。「上手にできない」。多くの人が何かに挑戦して挫折を経験した時、抱く感情だ。しかし真冬は、その感情自体がうまく表現できないでいる。彼の心の痛みは、取り戻すことのできない過去から来ているから。その過去は、本作で徐々に明かされていく。
本作は、ギタリストとしての才能を持つ上ノ山立夏(うえのやま・りつか)の視点から真冬を見つめる漫画でもある。小学6年生のころからギターを始めた立夏は、高校に入学したころにはイメージした音を、ギターで表現できるようになっていた。つまり「他の人が、上手に出来ることが出来ない」と閉塞感を抱いている真冬とは、正反対の感覚で音楽と向き合っている男子高生である。一方で立夏は、真冬と異なり才能を開花させるまでがスムーズだったので、既に自分の弾くギターに対する「ドキドキした気持ち」が薄れている。
そんな正反対のふたりは、ある日、日の差す階段の踊り場で出会う。真冬の持っていたギターの錆びた弦を、立夏が簡単に直して弦を弾いて音を鳴らした瞬間、真冬の表情は変わる。立夏にとっては大したことのない作業だったが、真冬の表情が変わったのを見て驚きながらも自覚する。
知らずにこいつの心の琴線を
直で、ぶち鳴らしてしまったらしい
立夏がギターを弾いて奏でる音は、漫画では伝わりにくいはずなのに、私たちの心の琴線に触れる。真冬もそうだ。読み進めると真冬は周囲を圧倒する歌唱力を持っていることが明らかになるのだが、漫画でありながら、立夏の出す音も真冬の歌声も、私の耳にこだまするような感覚になるのだ。やがて真冬は立夏のバンドのメンバーに加わる。そして、ふたりの関係は音楽仲間にとどまらず、恋愛感情をまとうものになっていく。私は本作をバンドマンの青春漫画と決めつけることはできないと前述した。そこにもうひとつの意味を加えたい。バンドマンの青春漫画であり、雪解けのように凝り固まったふたりの音楽への思いが共に溶けていく恋愛漫画でもあるのだ。
単なるBLで終わらない本作は反響を得て、アニメ、実写ドラマなどのメディアミックスで愛読者を増やしてきた。本作は2020年夏にアニメ映画にもなり、3年半の時を経てその続編が2部作として公開されることになった。まず2024年1月は、続編映画の前編となる『映画 ギヴン 柊mix』が公開される。映画のタイトルにいる柊とは、真冬たちと異なるバンドのメンバーである。彼が立夏の才能を見込んで「やってみたいことがある」と持ちかけるという内容で、原作漫画とは別角度から続編映画はスタートする。フジテレビが“連ドラのようなアニメ”をコンセプトに設立したノイタミナ初のBLアニメということからも話題を呼んでいる。
私はBLにはそこまで詳しくない。ただ漫画『きのう何食べた?』(よしながふみ/講談社)やドラマ「おっさんずラブ」(テレビ朝日)を読んだり、見たりすることによって現実の同性愛について考えるようになり、日本を含んだ多くの国で同性愛者同士の法律婚が不可能であることを疑問に感じている。そんな私だが、BLレーベル「シェリプラス」で連載された『ギヴン』を、最初はBL漫画と思わずに読んでいた。それから自然と彼らの恋愛を、性別にとらわれずスムーズに受け止められるようになった。真冬や立夏の抱える悩みや苦しみ、そして自分にとって救いとなる人物への恋愛感情は、私自身も経験したことのあるものだったからだ。
BLに詳しくない人にも勧められる漫画であると、読み終えてから確信した。私自身が「BLに詳しくない人」なのだから説得力はあるのではないだろうか。アニメ映画では主人公のふたりがどのように描かれるのか非常に楽しみである。
文=若林理央
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