アゴが出ている、見栄っ張りな性格…コンプレックスだらけの自分を少しだけ受け入れられるようになるまで
公開日:2024/8/7

現代社会において、自己肯定感が低い人は少なくないだろう。見た目や勉強、仕事の能力などにコンプレックスを抱え、他の人と比べて「自分なんか…」と感じてしまうとなかなか自信を持てないものだ。『アゴが出ている私が彼氏に救われるまで』(枇杷かな子/KADOKAWA)は、そんなコンプレックスを抱える作者が自分を少しだけ受け入れられるようになるまでのエピソードが描かれている。
作者の枇杷かな子さんは、夫とふたりの子どもたちと月に2回のイベント・餃子作りを楽しみに暮らしている。現在の平和な生活の裏には、夫が心のバランスを崩して別人のようになってしまった暗闇のような毎日をどうにか乗り越えてきた過去があった。本作は、そんな過去を経験した今、作者が夫に対する感謝の気持ちをエッセイにした作品だ。やわらかく丁寧に描かれた何気ない日常は、きっと作者の宝物なのだろう。本作を読むと、大切にしている宝物をこっそり見せてもらえているような温かい気持ちになれるはずだ。
作者はアゴの形や鼻の穴の大きさ、見栄っ張りな性格など、さまざまなコンプレックスを抱えてきた。高校生のころに彼氏とデートしてもアゴが出ていることが気になってしまい、クセのように手で隠していたという。しかし、当時彼氏だった今の夫は、そんな作者のコンプレックスであるアゴを「そこ好きだけど」と全肯定してくれたのだ。長年苦しめられたコンプレックスは簡単には消えてくれないけれど、その瞬間だけは浄化されたような気持ちになっただろう。本作には、こうした作者が夫にしてもらってうれしかったエピソードがたくさん詰まっている。


作者がコンプレックスを抱える理由には、父の気性の荒さもあった。陽気で優しいところもあるけれど、気に入らないことがあると怒って家の中をめちゃくちゃにしてしまう父。まるで台風のように荒れ狂う姿を見て育った。こうした養育環境により、作者は自分の気持ちを抑圧させることが当たり前になってしまっていた。父が暴れないように必死に気をつかって生きる毎日を想像すると、思わず胸が苦しくなる。だからこそ、穏やかでコンプレックスも肯定してくれる夫の存在は、作者にとって何より貴重で尊いのだろう。夫からすると他愛もないやり取りに救われる作者を見る度に、こちらまでうれしくなってしまう。


筆者が特に温かい気持ちになったのが「夫と果物と朝ごはん」というエピソードだ。果物が好きでも嫌いでもない夫にビタミンを取ってほしい一心で、果物を食べるまで凝視してしまうという作者。一方で、夫も作者が朝ごはんを食べないときは、小さなチーズ入りの卵焼きを作ってくれるという。
お互いを思いやっているからこその行動を見ると、思わず温かい気持ちにさせられるはずだ。当たり前のように支え合える日常は、きっと作者にとって宝物なのだろう。作者がコンプレックスだらけの自分を少しだけ受け入れられるようになったのは、こうした日々の積み重ねがあったからこそなのだ。


本作では、キラキラした宝物のような日常がやわらかく描かれている。作者と同じようにコンプレックスを抱えている人にとって、きっと救われるような気持ちになれるだろう。読むだけで温かい気持ちになれるので、寝る前に読むのもおすすめだ。
落ち込んだときや暗い気持ちのときには本作を何度も読み返して、作者の尊い日常に心から癒やされてもらいたい。