認知症の人が見ている世界。当事者たちの目線や感情をリアルに淡々と描いた1冊
公開日:2024/7/23

時々耳にする「行方不明者を保護しました」という防災放送。保護されたと聞いてほっとするも、超高齢化社会を迎え、今後どんどん増えていくだろうと思うと少し不安にもなる。行方不明者の多くは認知症などの高齢者。徘徊を繰り返してしまう認知症患者。彼らが見る世界はどうなっているのか?
認知症の目線を垣間見ることができる『認知症が見る世界 現役ヘルパーが描く介護現場の真実』(吉田美紀子:漫画、田口ゆう:原作/竹書房)は、現役ヘルパーが描く胸に迫るコミックエッセイだ。

何度も何度も電話をかけてくる。できていたはずの家事ができなくなっている。突然怒り出す。よく知っているはずの家族の変化にどうして?なんで? 疑問が浮かんでは、ついきつくあたってしまう。本作で紹介される認知症患者の病名や要介護度ごとに描かれる物語は、どれも淡々とそしてどこまでもリアルに描かれていく。
ページをめくるたび登場人物の年齢を見ては、親や身近な人の年齢と重ねてしまい他人事ではないとどきりとする。それでも不思議と悲壮感なく進む話にするすると読めてしまうのが本作の魅力の一つでもある。

認知症患者の、相手の感情を理解できない、相手の顔が消えていくと感じている描写から、不安や恐怖が自分を支配しているのだということが伝わってくる。また、幸せだった、必要とされていた、時にはつらい思いをしていた昔の世界へ帰っている人も多く、その頃の感情が現在の自分と繋がっているのだろうか。
意思疎通が困難になる。頑固で自己中心的になる。攻撃的になったり被害妄想が激しくなったりする。そういったイメージが先行してしまい、時には偏見をもって見られてしまうことさえある認知症だが、表面的な感情や解釈、つまり拭い去ることができるであろう私たちの認知症への負の理解とは異なり、本人たちこそが不安や恐怖の中におり、現在は治療困難な病気の中にいる、そんな彼らにいつまでネガティブな視線を投げかけることができるだろうか。

医師の「一生続くわけではありません」という言葉に回復を期待する家族に対し、続けて発せられた言葉に、ああ、この病気に回復はないのだ…と、認知症の現実を突きつけられる。

一方で、「手を握りながら『今週も生きててくれてありがとう』っていうごほうびよ」と言って母親の好物であるシュークリームを持ってくる娘の姿に、距離感や関係性を含めこうありたいと思える理想の姿も見せてくれる。

物語にオチはなく、描かれるのはリアルのみ。本作は認知症の解決策や対処法を描いているのではなく、認知症の人が見ている世界を描くことで、彼らのことを淡々と伝えてくれる。
認知症に対峙した家族は、その病気の残酷さを理解しつつも、怒りの感情や否定する言動を思わず出してしまうことも。判っているのにそれを受け入れられないのは、病気への想像力がまだ足りないからかもしれない。認知症当事者たちの見えている世界、大切な人の笑顔や記憶を縛っているくびきの存在を知ることで、受け入れることの大事さに気づくことができるのではないか。
それは明日、自分にも起きうることかもしれない。当事者に鞭打つ言葉を投げかけてしまうかもしれないこと。そしてその言葉は自分の心をも傷つけてしまうかもしれないこと。そんな残酷な病気の、少しでも深い部分を、本書を手に取って知ってほしい。
文=ネゴト/ Ato Hiromi