ダ・ヴィンチ編集部が選んだ「今月のプラチナ本」は、豊永浩平『月ぬ走いや、馬ぬ走い』

今月のプラチナ本

公開日:2024/8/6

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2024年9月号からの転載です。

『月ぬ走いや、馬ぬ走い』

●あらすじ●

先祖が帰ってくるとされるお盆の中日、沖縄に住む少年・浩輔は友人のかなちゃんと海に向かう。夕日が落ちた海で二人が出会ったのは、78年前に死んだと語る日本兵だった。彼は戦場でのとある出来事、そして自らの最期を語り始め―。浩輔、そして日本兵の言葉に連なるように、時空や性別、年齢を超えた様々な人物の語りが紡がれる。

とよなが・こうへい●2003年、沖縄県那覇市生まれ。現在、琉球大学人文社会学部在学中。本作で第67回群像新人文学賞を受賞。

『月ぬ走いや、馬ぬ走い』書影

豊永浩平
講談社 1650円(税込)
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

 

沖縄が生んだ若き才能に喝采

すごい新人が現れたらしい。業界の噂話には尾鰭が付く。期待を極力抑えて読み始めたのに、一瞬にして匂いたつ沖縄に魂を飛ばされた。祖霊を迎える盆行事の最中、暮れなずむ海辺で幼い男女が、旧日本軍の霊に会う。そこから時空を超え、移り変わる語り部に憑依を繰り返し、戦争から連鎖する沖縄現代史の坩堝に没入した。暴力に斃れた死者の怨嗟、現代を生きる若者の叫びを、著者が力強く口寄せする。果たして噂は本物で著者は化物だった。まず物語に沈んでほしい。考えるのはそれからだ。

似田貝大介 本誌編集長。沖縄に行きたい。海で寝たい。御嶽や遺跡を巡りたい。妖怪&怪談の伝承地を訪ねたい。沖縄料理をビールでめいっぱい流し込みたい。

 

語りの断片から浮きあがる

入れ代わり立ち代わり語り部を変えながら、戦時中から現代にかけて起きた、いくつかの悲劇的な出来事が語られていく。それらの出来事は断片的なようで、沖縄という場所で、強くつながっていることが読んでいるうちにわかってくる。さまざまな声で語られる個人的な記憶の断片から浮かびあがってくるのは、構造的な暴力や抑圧の歴史だ。苦しみはどのようにつながっていくのか。絶つことはできるのか。たくさんの魂にそう問われているような不思議な感覚。圧倒的読書体験にしびれろ!

西條弓子 酒を飲みはじめて十数年。最近ようやく二日酔いを覚えてきました。これはつらい。「やらかした記憶がない」も先日初体験。これもつらいですね。

 

味わったことのない読書体験

改行のない濃密な一人称は、沖縄に住む小学生の男の子の視点から始まる。彼の物語が始まるのかと思い読み進めていくと、視点人物はシームレスに第二次世界大戦時の日本兵へ。さらに彼氏とのセックスに悩む女子高生、アメリカ人と結婚して渡米した女性、服役中の学生運動家と、時代を超越しながら転々としていき、魂だけになった自分が、次から次へと他人の体を乗り換えていくようだった。読み手の意思とは関係なく浴びせられる、沖縄で生きる彼らの血の滴る語りに溺れそうになる。

三村遼子 ふるさと納税でさくらんぼをお願いしていたのですが、高温障害で収穫量が減ってしまったらしく、代替品へ変更のお知らせが。異常気象が憎い。

 

暴力が受け継がれる哀しさ

現代を生きる者、死者、世代も性別も違う人たちによって語られる沖縄の歴史。一人の作者が書いたものなのか、と驚くほど、語り口や雰囲気が異なる14篇が、哀しさを帯びて迫ってくる。暴力が受け継がれるさまも象徴的だ。戦時中は兵士が泣き叫ぶ母を短刀で切りつけ、現代では同じ短刀を男子高校生が持ち出し、交際相手の母親の命を奪う。しかし、歴史に飲み込まれるだけではない。黄金言葉の「月ぬ走いや、馬ぬ走いさ!」を胸に、置かれた状況に抗い、生きる強さと希望も感じた。

久保田朝子 スポーツ特集で、読書好きアスリートの方に取材させていただきました。本がパートナーのような存在と語る皆さん、特集もチェックしてください。

 

時を超えた“語り”に魅せられる

戦時中を生きた日本兵から現代の学生まで、時代も年齢も違うさまざまな14にもわたる“語り”によって、沖縄の歴史が紡がれていく。特徴的なのは、その“語り”には一貫して改行がなく、文体もまたそれぞれ異なること。そして、“語り”が別のものへと変わるとき、前の語り主の言葉を受けてそれは始まっていく。過去と現在が交じり合い、歴史とは地続きなものであるということを感じずにはいられない。新たな才能との出会いに感謝を。圧巻の読書体験をぜひ堪能してほしい。

前田 萌 あまりの暑さにとけそうです。少しの移動時間でも汗がすごいことに……。外に出るときには日傘が手放せません。早く涼しくなってほしいです。

 

私たちは歴史の上に立っている

自分がどんな人間なのか、というのは案外自分以外のところである程度はすでに形成されているのかもしれないと思う。私が生まれる前、そして今目の前で起きている出来事も、それぞれがどこかでつながっていて今がある。その膨大な歴史の上に私が立っているのだと考えると途方もなく感じてしまう。「じぶんのなかに潜む歴史の縦糸を遡りつづける」。歴史を知ることが“今をどう生きるか”を選択する道標になるのかもしれない。沖縄をめぐる人々の断片的な独白を読んで、強くそう思った。

笹渕りり子 伸びきっていた髪をバッサリ切りました。昔から髪を短くすると通常時より性格がやや明るくなるような気がします。違う自分になる感覚、不思議。

 

異なる時代 つながる生

「今日や海んかい行んじてえはならんどお」。冒頭の言葉から海の香りが漂い、一気に沖縄に連れて行かれる。そこから始まる様々な人物の“語り”。アメリカにルーツを持つ少年、葛藤の中戦禍を生きる兵隊、家庭に問題を抱える女子中学生……憑依するように書かれたそれぞれの語りに魅了されるのに加え、彼らの物語が時代を超えて“今”につながっていく構成に、自分にも連なる時の流れを思わずにいられない。「月ぬ走いや、馬ぬ走い」の言葉に、君はどうする?と問われている気がした。

三条 凪 沖縄で白い大蛇を首に巻いて記念撮影をしたことがあります。思っていたより冷たくて、蛇のお顔が可愛かった。私の顔はちゃんと引き攣ってました。

 

境目ってなんだろう

色濃く立ちこめる生と死の香りにくらっとした。生きることの果てには死があり、逆に死を通して生を実感する。限りなく遠い場所にあると思っていた“過去と現在”は、地続きの存在であり、時空は日本語の言葉ひとつで飛び越えられるのだと、境目のない語りの連鎖が読者に告げている。一筋縄ではいかぬ文体だが、それでもページをめくる手を止めることが許されないような語りの強さがここにある。自分の言葉の先にも、まだ見ぬ誰かが存在し、歴史は連なるのかと思わずにいられない。

重松実歩 トランポリン施設へ。体重から解放される感覚が楽しく、ひたすら跳び跳ねていたところ、足の爪が折れました。爪は解放されていなかったらしい。

 

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