江口のりこが選んだ1冊は?「不思議なだけでなく、どこか懐かしい。私もそんなところに行きたいのかも」
公開日:2024/8/15
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2024年9月号からの転載です。

毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、江口のりこさん。
(取材・文=野本由起 写真=booro)
「子どもの頃、おばあちゃんちの近くの林でいとこと遊んでいたら、池を見つけたんです。『楽しかったな、また行こな』と後日ふたたび行ってみたけれど、どれだけ探しても池は見つからない。そういう、大人になってから『あれ、何やったんやろ』と思うような出来事ってありますよね。小学生の頃は、急に猫になる同級生もいたな。家に遊びに行ったら、薄暗い部屋に10人くらいの若い女性がいて、全員壁に向かってうなだれてて。あれも何やったんやろ」
昔から、なぜか不思議なものに惹かれてきたという江口さん。闇の向こうの見えない相手と綱引きをする「闇綱祭り」をはじめ、奇妙な11編を収録したこの短編集を手にしたのも必然だったのかもしれない。
「隣で喋っていたいとこのお兄ちゃんが、いつのまにか違う人に変わってる。そんなホラーとはまた違う、不安な空気感が好きですね。登場人物の目も素敵。みんな優しい、寂しそうな目をしてて。どの短編も不思議なことが起きるけど、まるっきり不思議じゃなくてどこか懐かしいし、自分がいるこの世界ともつながってるような気もする。もしかしたら、私もそういうところに行ってしまいたい気持ちがあるのかもしれません」
江口さんの主演映画『愛に乱暴』も、ひと言では説明しがたい作品だ。
「ヒューマンサスペンスと謳われてますけど、私はそんなふうには思わなかったです。確かに隠し事をしてる人はいるし、不審火も起きるけれど、みんなただ自分に正直に生きてるだけ。この役を演じた当事者だから、そう思うのかもしれないですけど」
江口さん演じる桃子は、夫の無関心や義母のストレスから逃れるように、丁寧な暮らしを送る主婦。だが、心の亀裂は、徐々に深くなっていく。
「原作の桃子は、他者との関わりの中で自分を見つけていく女性でした。でも映画の脚本は、小説に比べてだいぶシンプル。桃子の悶々とした思いという抽象的なものが真ん中にあり、助けてくれる人もいません。手の込んだ料理を作ったり、シャツにアイロンをかけたり、日々をきっちり過ごすことで何とかまともでいようとしている。怖いのは、不満もひっくるめて日常になっていること。簡単には投げ出せない、日常の凄まじい力、その強烈さを感じました」
そんな桃子の鬱屈が爆発し、チェーンソーを振り回す場面は必見。
「大道具さんに扱い方を教わり、練習しました。安心して思いっきりできたし、楽しかったです」
ヘアメイク:酒井 香 スタイリング:清水奈緒美
映画『愛に乱暴』

原作:吉田修一(新潮文庫刊) 監督・脚本:森ガキ侑大 脚本:山﨑佐保子、鈴木史子 出演:江口のりこ、小泉孝太郎、風吹ジュン、馬場ふみか ほか 配給:東京テアトル 8月30日(金)より全国公開 ●結婚して8年になる桃子は、敷地内同居の義母から受けるストレス、夫の無関心を振り払うように、丁寧な暮らしにいそしんでいた。そんな桃子の周囲で、不穏な出来事が起き始める。追い詰められた桃子は、やがて床下への執着を募らせていき……。緊迫のヒューマンサスペンス。 (c)2013 吉田修一/新潮社 (c)2024「愛に乱暴」製作委員会